第2話 UFO

 日が長くなったのを感じる6月、赤井家では扇風機が活発になってきている。

 夕方5時だというのにまだ暑い。

 林檎は緑野と舎人公園にいた。

 公園は東京という割には森があり池があり広さもある。

 アジサイも紫になりはじめていて、都立なだけあってまあまあ整っている。

 ランニングをしているおじいさんだったり、ママさん連中が井戸端会議に花を咲かせたり、こどもが全速力で奇声をあげながら走っていたりもする。

 まあ、一言で言えば日常そのものだった。

 ぽつぽつあるイスは空いてないからちょっとした段差に座って林檎と緑野二人でポケモンをしていると、同じクラスの女子3人組が遠くから林檎たちを見ていた。

 こちらを見ては顔を見合わせて、すぐ猫背になってヒソヒソと何かを喋っている。こういう時はだいたい悪口を言われているぞ。

 林檎は気にせずにいた。

 ところが変わったことに女子たちが近づいてきたのだった。


「ねえ」


 腕組みをしていて機嫌が悪そうな女子がぶしつけに声をかけてきた。


「あ?」


 緑野はいかくした。こういう時はだいたい、まだ社交的な緑野が返事をする。


「なに?」


 林檎もクラスの女子との距離感がわからないからあいさつもせずになんとなく態度が悪かった。


「あのさー、相談があるんだけど……」


 3人組で一番スポーティーな女子が言った。


「ことわる」


 緑野はちらりと見もせず言った。


「ヤナヤツ……」


 腕組みをしている女は悪態をついた。


「池のところでさ、エアガンうってるやつらがいてさ、小学生4年生くらいの、そいつら鳥に向かって撃ってるっぽいんだよね。注意してくれない?」


 一番活発な子が言った。

 林檎の頭の中にはフェルマーが機関銃に撃たれたシーンが頭の中によぎった。


「ハァー? なんで俺たちが? 大人に頼めよ。もしくは自分たちで止めろよ、メンドクサイ」


 緑野も悪態をついてかぶりをふった。


「あいつら、最近調子乗っててムカツクのよね」

「大人たちも見て見ぬふりしてるんだよねー」

「かわいそうでしょ!? きっと猫とかにも撃ってるよ。たぶん」


 女子三人組は焦燥している様子だったが正義感だけは一人前だった。


「まあ、見るだけいってみようか」


 林檎がスキのある発言をしたせいか女子たちの目が輝いた。


「オネガイね。じゃあ頼んだからね!」


 女子たちはそう告げるとそそくさとどっか行ってしまった。


「ハァー。たりぃ。警察に頼めよ。自衛隊員もそこらへんにいるだろうし」


 緑野はのびをしながら言う。


「なんでだろうね、最近は狂犬病のこともあって公園にも警察だったり、見回りだったりいるのに」


 林檎たちはぼやきながら大池の方に向かっていく。

 たしかに、子どもの騒ぐ声と鳥のはばたく音がかすかに聞こえた。

 桟橋のところから池に向かってエアガンを撃っている、4年生くらいのあきらかに素行がよくなさそうな2人組がいた。

 ビンボーくさそうなガキの割には持ってるエアガンはイイモノそうだ。

 2人組がエアガンを撃つと鳥たちがいっせいに羽ばたいては、ちょっとしたところで水面に戻る。

 まるで自分たちの庭で狩りをしている王族のようだった。

 なぜか周りにいる大人たちは注意もせず、目をそらしている。


「あー……」


 緑野はそのガキたちをみるなり、なにか納得したようだった。


「あいつらのつけているバッジを見ろよ」


 緑野はガキんちょを指さした。


「バッジ?」


 林檎はその方向に目をやる。

 たしかに色あせたランニングシャツの胸元には黄色い動物らしきバッジがついている。


「あれがどうかしたの?」


 林檎は言った。

「あれはな、イエロードラゴンのバッジなんだよ。ヤンキー集団の」


 緑野が答える。



「イエロードラゴン?」


 林檎は聞いたこともなかった。



「足立区イエロードラゴン。高校生くらいまでのやつらのヤンキー集団。エアガンはかわいいもんだな、もっとやばいやつは爆発事件とか起こしてるぜ。だから誰も関わりたがらないんだろうな」


 緑野は怪談話をするように言った。

 へー、と林檎は言った。

 さらに近づくとガキたちの遠慮をしらない不快な猿のいかくのような笑い声が響いている。

 小さな手には不釣り合いな拳銃が握られている。


「で、どうすんだ? 注意とか俺らがする必要ある?」


 緑野は呆れ果てている。


「んー、ない」


 林檎は即答した。


「だよな」


 緑野は笑顔になった。


「じゃあ、やっぱりいく」


 その笑顔を見て林檎は決意を決めた。


「天邪鬼め」


 緑野はまた呆れ果てていた。


 結局桟橋のところまで止まったりもせず歩いていく。

 それに気づいたのか、ガキどもはすこし静かになった。


「ねえ、君たち何年生?」


 林檎は物腰柔らかく接した。


「お前ら評判悪いぞ」


 緑野はガキどもをあきらかに見下している。

 一方ガキどもは、バツが悪そうにシカトしている。

 黙ってエアガンをパナしていた。


「おい、聞いてんのか? おめーら」


 あまりにもやめないからすでに緑野の手が出そうだ。

 やばいと思った林檎がさきに手というより足をだした。

 林檎のキックが炸裂してガキは池にスカイダイビングのようにあざやかに落ちた。白い鳥たちが一斉に飛んだ。


「おい、ばか、林檎!」


 と、いいながら緑野はもうひとりのガキに手をかけた。

 脇をぐっと持ち上げて、振りかぶって投げた。

 わーと言いながら、すでに波打っている池にばしゃーんと音を立てた。

 さすがの治安の悪さだった。

 足立区はこうでないと。

 ガキどもは泣きながら桟橋に戻ってきた。


「もうすんなよ」


 緑野はヤンキー座りでようやく手が桟橋についたガキにいった。

 奇声を上げてガキたちは逃げていった。


「いいことすると気が晴れるもんだなー、なあ、林檎」


 林檎は逃げていくガキたちをぼんやりと眺めていた。

 ――仕返しとかなければいいけど。

 そのあと遠くの方で見ていた告げ口女子3人組に、緑野が『ほめてー』といって夕焼けの中で追いかけまわした。

 女子たちはピーピー黄色い声を出しながら逃げていった。





 暗い路地裏でチリンチリンと音がした。

 灰色のアスファルトの車1台分がとまれるところに、そいつらがいた。

 1台の自転車の周りにまとわりつくように座っている白いジャージ姿が多数、胸にはイエロードラゴンのバッジがにぶく輝いている。

 ニヤついた雰囲気を醸し出している4人組が林檎を見ながら『あいつだ、あいつ』とつぶやく声がした。

 チリンチリン、またベルの音がした。まるで威嚇のようだった。

 ひひひ、と引き笑いの声。

 林檎は嫌な予感がして目を伏せるように通り過ぎようとしていた。


「おい。お前」


 中学生らしき男がまだ少年のような声で言った。

 林檎は肝が冷えた。

 しかし何事もなかったように歩みを進めた。


「ねえねえ。きみぃ、小学生ぃ?」


 自転車をひいた男が林檎の前に立ちはだかった。

 明らかに悪意があることに気がつく。

 いつの間にか林檎は4人組に取り囲まれていた。


「なぁ。お前さぁ、舎人公園に行ったことあるよな?」


 背が高く声の低い男が言った。


「ないです」


 林檎は伏し目がちに答えた。


「ないわけないよなぁ。だってなぁ」


 中学生であろう男は、自転車にまたがりながらねっとりと言った。

 チリンチリンとまたベルを鳴らす。


「だってなぁ。おかしいもんなぁ」


 ほかの男が後輪部分にある、荷台に手をあてこすりながら言った。

 なんだかひょうきんな感じがして不快だった。

 林檎より体が細く長い男、首の太い大男、自転車にまたがる背が同じくらいの男、メガネのしていて出っ歯の男。

 林檎の身長は160ちょいで小6にしては大きい方だったが、小学生から見る中学生くらいの男は怖くて仕方がなかった。

 大人と喋るのとは、またちがう異文化に触れているみたいだった。


「そんな下を向いてたらさぁ、お顔が見えないじゃん。こっち向いてよ」


 でかい中学生が林檎のあごを突然つかんで顔を無理矢理上げさせた。


「かわいい顔してるんだねぇ」


 ねっとりとした声。


「いや、ホント。こんな子があんな恐ろしいことすんだね」


 少年のような声。


「お前、うちの弟、池に落としただろ?」


 背の高い男の声が変わった。

 怒気に満ちた低いうなり声に似た声色。

 林檎は汗が引いていくのがわかった。

 その声以外の音が世界から消えたようだ。



 林檎はその手を振りほどくとその辺にあったバツ印がついた棒を拾って構えた。柔らかい、何で出来ているんだろう。


「来るならこれで反撃する」


 林檎は迎撃態勢になりながら言う。


「やってみろよおおおおおお↑おおおおおおおおおおおおお」


 大声を出し過ぎで裏返った声と共に長い男が殴りかかってきた。

 これだからヤンキーの街は、わかりやすくて助かる。

 パンチはわきが閉まっておらずあきらかに素人パンチだった。

 でも林檎はよけることができなかった。

 体が硬直してしまっていたのだ。

 顔を覆ってしまう林檎。


『敵意を確認』


 攻撃は当たらなかった。

 通り抜けてしまったように避けた。

 殴りかかった相手も『あれ?』みたいにけつまずいてしまった。

 みんなが不思議に思い時間が止まる。

 次に大男が自転車を投げつけてきたがそれも当たらない。

 マジックのように通り抜けてしまった。

 細い男が林檎の襟元をつかんだ。


「テメー、調子に乗ってるんじゃネーゾ!」


 ひょろい男が左手で襟をもち右手で殴り掛かった。

 確実に攻撃が当たるはずだった。

 細い男の拳は林檎を貫通し、林檎の顔部分は暗闇に包まれた。

 林檎の首から上は黒く顔がなく、異形の姿になったのだった。

  そのまま林檎は棒を振るうと黒い影のようなものが相手の体にまとわりついた。


「ば、ばけもの!」


 不良中学生たちは悲鳴をあげてめいめいのうちに逃げてしまった。

 びゅーん! という効果音が聞こえたようだった。

 な、なんだったんだ。

 いつの間にか持っていた棒もどこかに投げてしまったのか無くなっていた

 。

 林檎の胸は動悸が収まらずいやな気分が続くままに帰路についた。


 その道すがら大型の駐車場を横切ろうとしたとき、車ではない何か丸いかげのようなものを見つけた。

 カナヘビを見つけたように興味をもった林檎は近づいていった。

 高さ2メートルくらいの丸い円錐状の物体は明らかにアダムスキー型UFOだった。

 テレビで見たことある! 

 鏡餅みたいな個体のみかんの部分がトイレのふたのようにパカッと開いた。


 テレレレレテレレレレテレレレレテレレレレレテレレレテレレレテレレレテレレレ♪


 段々早まっていくリズムに合わせて開いたところから女の人が2人でてきた。

 2人とも肩を出した銀色のチューブトップを着ていてセクシーだ。

 片目がふわっとした黒髪で隠れた女性はかなり美人であり表情がはかなげでクールな印象を受けた。

 まつげがとても長い20歳ぐらいの大人の女性だ。

 もう片方は活発な女子高生か、髪が茶色がかっていてポニーテールがゆさゆさと揺れている。

 表情も明るく目がクリクリとしている。


 デーンデーンデーンデーンデーンデーン♪


「「UFO」」


 ダン ダン ダン ダン ダン  ダダン ダダン ダダン ♪


 2人とも手のひらを頭の上にひらいて踊り始めた。振り付けは完璧である。


「「てっをあわっせるだけで」」


 謎の2人組の女性による謎のパフォーマンスが始まった。

 林檎はランドセルの肩ひものところをぎゅっとした。

 謎の手汗がでる。

 夕焼けが終わりかけ、かすかにかかる雲が綿のようで遠くの方は夜が訪れている。なぜか林檎一人しか訪れず、2人の歌と踊りを黙って見ていた。


「飽きたところよ! アー」


 フルサイズでのダンスに思わず林檎は手を叩いた。

 かすかな拍手が駐車場にひびく。


「おー」


 拍手と同時に声もでた。


「ねえ、君。ここで見たこと秘密にできる?」


 茶髪の女子高生風の子が言った。


「あたしたち、急いでいるの」

 

 黒髪のセクシーな女性が続いた。

 急いでる割にはガッツリ踊ったな、と林檎は思った。


 よくわからないまま小走りになってどこかへいってしまった。

 いつのまにかUFOもなくなっていて夢でも見たんじゃないかという錯覚に陥ってしまうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

重力皇子 e層の上下 @shabot

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ