第53話

 振り返るとエリスが黒い箱を取り出してテーブルの上に載せて、小さな指先でそれを斜めに傾けて弄んでいた。


「気持ちが悪いねぇ。さすが前世がKGBだよ。中に何が入っているんだい?」

 エリスがそう言いながらきれいな形の眉を顰める。それに気を悪くした様子もなくエリスは、



「ゴブリンが七、八匹。漸く生きているといった様子ですね。勢い余ってそのまま確保したまま来てしまいましたが、―――どうしたものか」と答えた。

 Dが恐々といった様子で体をかがめ、エリスの手の中にある小さな黒い小箱を眺める。


「報告を受けて一応納得したものの、しかし信じられないな。賜物だったか。長く生きたがそんなことは聞いたことが無い。これは君の手を離れたらどうなるんだい? 私でも使える物なんだろうか」


「箱からどれだけ離れることが出来るか一度試したことがあります。このテーブルの上に箱を残したまま隣の部屋に行けば、気が付いたら隣の部屋で私はこの箱を握りしめていますね。これからは慣れることもできないのでおそらくは専用なのでしょうね」


 エリスは子供っぽい童顔を傾けて言う。

 アニーは「アタシのナックルも同じようなモノかな。みんな同じことをするんだね。気が付いたら右手に戻っている」

 ―――どちらかといったらそれはもう呪いの類なんじゃないのか。

 ティムはそう思いながら振り返った。



「あんたの《舌》はどうさ。取り外して試してみたら?」

「死ぬよ。普通に」

 アニーの軽口に答えながらティムは考えをまとめようとしていた。



 パストンからどうやってベゼリングに情報を渡したのか。勿論スパイだ。スパイが情報を流したのは間違いがない。ただしどうやって? 魔術的な通信ではない。画像を送るような技術はあるかもしれないが、それは魔術師が行うものだ。そして今回魔術師がスパイを働いていない事は白竜が保証をしている。それ自体を疑えばキリがないし、白竜が嘘を付いているのだったらそもそもティム達人間と会う必要が無い。



 ティムは腕組みをしながら四人掛けのソファの残った一つに腰を落ち着けた。

 目の前の重たげな木製のテーブルの上で、エリスはまだ指先で《檻》を弄んでいた。何気なく光を反射しない黒い四角形をみていると、小さな小さな声で「……たすけて」という音が聞えた。



「……なにか聞えたんだけど」

「アタシも聞こえたね。なんか鳴き声的なものが」

 エリスは嫣然と微笑みながら「たまに灯りを付けたり消したりしてやります。でもそろそろ皆死にますね。水を与えていないですから」と言った。



「―――ゴブリンは生きている? そこにいるってこと?」

 思わずティムは口に出して言う。ティムは暗澹たる顔でエリスを見た。そしてエリスがその紫がかった黒い瞳で見返してきて同じことを思っている事が分かった。

「―――アタシたちはバカだねぇ。このザマじゃ事務屋に笑われるよ」



 アニー・コルトがやれやれと言った様子で言った。Dだけが要領を得ない様子で、ティムたちを見回した。

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