第51話

 さて―――と、竜は寛いだ様子で体躯に比して細い腕を組み大きな顎の下に乗せた。

「二つお話をさせて頂きます。一つ目はこの世界について、二つはあなた方について」

「―――漸く、分かるように話してもらえるって事かね」 アニーは調子を取り戻したように軽口を叩いた。



「そうですね、アニー・コルト。蚊帳の外に於いてしまい申し訳ありませんでした。とは言え、偶然でしたが良いテストになったと理解しています」

「何のテストでしょうか。塔主」



 エリスが一歩前に出て言った。

「何よりこの話をしてしまう方が分かりやすいのでしょう。まずあなた方三人は使者なのです。言い換えれば代行者でしょうか。神はこの世界の安寧を図るために、格別の意図をもって歴史を持った別の世界で息絶えた魂を我々に差し向けられました」

 随分と大きな単語が出たものだとティムは思う。《神》、《世界》、《世界平和》。いずれも自分には縁遠いものに違いない。



「―――その、神ってのは煙草を吸う不景気そうな女の事だろう。一応覚えているよ。あんな女がこの世の神とはね」

 アニー・コルトすら鼻白んだように答えた。


「私はあの方について直接表現をする事ができません。とは言え尊い方なのですよ」

 白竜は淡々と答えたが、微かに苦笑いをしたように見えた。


「この世界は実は危機に瀕しています。我々竜種の存在意義はこの世界の継続と安定です。大陸に人が住まい繁栄することは大切であると思っていますが、実はそれは私たちの使命ではありません」



「人類の存続は二の次なんだね」アニーがおやおやと言った表情で言った。

「そうですね。我々の目標はこの世界の存続。ただし人はそのためには有力な要素です。彼らの繁栄、そして人以外の要素の繁栄。世界に命を満たしていく事が基本的な理念です」



「命を満たすためには逆に人は無駄なのでは」

 エリスが口を挟んだが、白竜は首を振りながら「人も又自然の一要素です。それも大変大きな力を持っています」と答えた。



「―――続けましょう。イメージが分かりにくければ、この世界は命を育む揺り籠と考えてください。そして私たちはそれを管理する保育士と言った位置づけになります。人も自然も生まれ死に、そしてまた生まれます。その繰り返しを通して繁栄を勝ち取るのが我々の使命になります」



 白竜は大きな青い瞳をそっと閉じた。

「《世界》とは何か? それを我々はその世界に参加している者の総体であると考えます。生き死にすることはその存続の一過程です。例えば大きな岩があるとします。その上に植物が密集し、動物が走り、人が命を繋いでいればそれは一つの《世界》を形成していると考えます。生存可能環境という意味合いを含有しているといって良いでしょう。―――しかし、実はこの世界の中に全ての命を無に帰して《世界》を一つの岩に還元しようとするものがいるのです」



「それを―――、どうするのです」 

 ティムは続けた。ふとなぜか黒い穴を思い浮かべた。今ならばはっきりとその黒い穴はつまりは、前世の自分に差し向けられた銃口だったのだと理解出来た。

「表現は色々あると思いますが、この世界から取り除きたい。我々はそう考えています」



「曖昧だね。つまりは殺せって事じゃないのかい」アニー・コルトは冷淡な声で応じた。

「そもそもたった一人の人間の事、あんたらみたいな存在だったらそれこそ赤子の手をひねるようなものなんじゃないのかい?」



「―――当初は私共も事態を簡単に考えていました。この世界にいればいずれ我々の情報網に掛かって来るのだろうと。そうすれば妥当な対処のしようがある。ところが実際はその跳梁を許すことになっています」



「つまり、あなた方にも捕捉できない存在であるという事ですね」

 ティムは驚きを込めていった。魔術師の塔はどんなへき地にも小さな支部がある。国を越えてこの世界にありとあらゆる情報網を築いているというのが共通の認識であるこの世界で、塔の目を掻い潜って街路を歩くことなどできるのだろうか。

 白竜は残念そうに軽く頷き、「その通りです」とそう答えた。

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