第50話
「理解が速く大変ありがたい。あなた方にはこの場で話したことは他言できない術が使用されているので、その前提でいくつか情報を開示します」
白竜は少し体を動かして空洞の中で態勢を入れ替えた。
「まず、この大陸の国家に点在する魔術師の塔。そのそれぞれの頭は、私と同様の種族が勤めています。現在言われる魔術とは元々は我々の普通語の事なのです。今ティムさんが言外に言われた通り我々竜種間は遠隔でコミュニケーションが取れるので、何が起きているかはいつも話し合われているのです」
「あなた方竜種が人間にそこまで興味を抱いているとは意外です」
「果たして興味でしょうか」
白竜は少し首を傾げる。「私たちの共通のスタンスは不干渉を土台とした現状の維持です。人の世に干渉はしない。しかし現状の維持のためどうしても関与する必要がある部分を充足するため、我々は「塔」という組織を作って我々の意図を人の世に反映させているのです。ベゼリングがパストンに攻め込んでいるという事は知っています。ある者の意志であり、それは我々の意図ではありません。我々はそれをそれを見守るという事で合意しました。実は私がこの術。仮にこの場では魔術砲としましょう。これをパストンに提供した意味は、元々の軍事差がベゼリングとはかけ離れているからです」
「つまり、魔術砲はベゼリングとの戦力差を埋めるための手段に過ぎなかったという事でしょうか」
「そうですね。その意味でベゼリングの魔術師の塔の主人である黒竜は困惑しています。人が人と争うのは全く自由の範囲です。それは自然な事と表現しても良いでしょう。仮に国家間の戦いとなりある国が隆盛しある国が滅び去ったとして、そのこと自体は我々の関心を引きません。いずれ人の世で起こる事と理解をします。しかし、現在それを意図している者の構想はどうやらそれを度外視しているようです。我々は検討の結果、まずはパストンとベゼリングを拮抗させる事としました」
どうやら話は核心に入ったとティムは思った。
「―――その《意図している者》とは誰なのでしょうか。ベゼリング皇帝の意図であると理解していいものでしょうか」
白竜は少し首を振り「その質問は実は私に与えられてる権限を越えています。申し訳ないが答えられない」
「意外な事です。神に近しい力を持つ真竜に、上位者として制限を与える存在があるという事ですか?」
白竜はその質問にも黙って首を横に振った。
「―――では、現在我々に伝えられる明らかな事は、塔は今回の術式漏洩については無罪であるという事でしょうか。しかし、あなたはここから動けない、あるいは動かないのかもしれませんが、ここにいて末端で奉職している人員については確信を持って証言できないのではないでしょうか」
ティムはダンジー・ポロックを念頭に質問を変えた。
「保証いたします。魔術師の塔に関わっている人間は、実はある程度の心理的な制限が掛けられています。反抗するような意図が明確になる場合私を含めた主要な幹部にアラートがでる仕組みです。ここ数年そのアラートは発せられることはありませんでした」
ティムは舌先で唇を舐めて続けた。
「ダンジー・ポロック氏をご存じでしょうか」
「―――勿論。おっしゃりたい意図は把握しています。彼は魔道砲の仕様書を外部の、具体的な製品化をする部署に持ち出す役割だったはず」
「彼は今行方が知れません」
「残念な事ですが彼は亡くなっています。ログが―――そう。先週で途絶えてしまっている。もはや生きていない」
白竜は少し首を揺らして答えた。ティムにはそれが悲しみを表す仕草に思えた。勿論違うのかもしれない。存在の格が違う生き物が格下の生き物の死を憐れむだろうか。ダンジーの死自体はティムに驚きをもたらさなかった。ただ納得と理解をもたらしただけだった。
強く肩を揺さぶられてティムは我に返った。
「おいッ。―――一体何を話しているんだよ」
「何って聞いていなかったのか?」
ティムはいぶかしげな顔をした赤毛の美女の顔に答える。一体何のためにここにいるつもりなのだろう。いい加減なようで職務にまじめなアニーらしくもなかった。
「わかるわけないだろう。良く分からん言葉を突然ぎゃぁぎゃぁ話だして。気持ちが悪い」
アニー・コルトは普段の明るい表情は影を潜めて、いぶかしげな顔になっている。
逆にエリスは珍しい事に眼を見開きこちらを見ている。噛み締めた唇を漸くほどき「まさか竜語が堪能だとはおもいませんでした……」と呟く。
―――良く分からない。
ティム・ライムがそう思ったところで、頭上の白竜が、
「―――では本題に入りましょう」と、女性の低いテノールで共通語を発した。
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