第49話

「―――エリス。ご苦労でした」とティムの頭上遥か上から声がした。低く深みのある声。しかしティムには女性の声に聞えた。

エリスは進み出て杖を抱きながら膝を付き頭を下げた。



「お二人がティム・ライムさん、アニー・コルトさんのお二人ですね。私がパストン公国の魔術師の塔の主人です。正に何もないところですが楽にしていただいて結構です」



 洞穴は白い花崗岩に覆われているが、竜がゆったりと寛いでいる所は透明度が高くそれが水晶であることが判った。魔法の光なのか、どこかからか取り入れられている自然光なのか。光が反射し瞬く様な明るさの中で白竜はゆっくりと首を下げて顎を岩につけて言葉を発した。間近で見れば鱗が細い白い毛に覆われている事が分かった。青い瞳が興味深げに自分を見ていることに気付く。



 ―――存在のレベルが違う。

 ティムは震え出した膝を何とか収めようとしながら思った。

 竜種はボードイン大陸最強の種族である。知能に優れ魔術を使い、人よりはるかに長い寿命を生きる。

子供でもそう言ったものがいると知っているが実際に見たことがある人間はほとんどいない。



 冒険者が退治する竜は基本的には亜竜であり、真竜種は逆らおうとして逆らえる存在ではない。言ってみれば一頭でも一国に対峙できる存在とされている。

「さて、質問を先に受けましょう」と白竜は言った。



 ティムがエリスを見ると彼女は軽く顎を振って好きに聞けと促してきた。アニーは目を丸くして白竜を見上げるばかりだったので、仕方なしに震える体を支えるように両手で抱えながらティムは口を開いた。



「―――余りに突然の事に言葉もでませんが、真竜にお目に掛かれて光栄と感じています。ご存じの通り私がティム・ライム、こちらがアニー・コルトと言います。まさか魔術師の塔の頭に会うように言われて来てみれば竜種の方をご紹介頂くことになるとは思っておりませんでした」



 なんとか言い切り公王にするように両ひざを突き頭を下げた。

 そうして果たして竜に対する礼儀はこれで良かったものかとおかしく思った。

「丁寧なご挨拶まことに痛み入ります。エリスを責めないようにお願いをさせて頂きます。組織的な話、特に塔の主人が人ですらないという事は呪術的に禁じられています」



「元々はパストン公国で開発されつつあったある魔術が、隣国であるベゼリング帝国に情報流出し、尚且つそれがパストン公国領テムゼン市に使用されました。このこと自体はご存じでしょうか」



 思えばそれは一月ほど前の事だった。

自分がのんびりと封書を貴族や役所に届け奉るという仕事をしていた一人の役人に過ぎなかったことを思えば、なんと激動の時間だっただろう。



「勿論存じています。そして人の世の方々が誰がベゼリングに情報を届けたかという事で人探しをしていることも勿論わかっています」

「私も又、その内の一人なのですが、問題の技術書に携わった人間を捜査する事となりました。関連する人間を辿って調査をしています。今回問題となった魔術の開発者を押さえなくてはならないと塔に申し入れをしたのですが、改めてお目に掛かり無益な事を考えたと思い知りました」



「私がベゼリングに情報を漏らしたかどうかについて何も申し上げていませんが」

「お目に掛かった今となってはそれ自体が愚かな質問でした。何故なら真竜たるあなたがパストンに害を齎そうとするならば、こんな持って回ったことをする必要が無いのです」



 竜種が人間の情報を漏らすという想像自体が今となってはおかしいとすらいえる。真竜には遠隔で自分の声を伝えられる技能があると聞く。つまりは本気で漏洩しようと思えばいくらでもできるし、尚且つそんな事をしなくても、この存在にとってはパストン公国を滅ぼそうと思うのだったら、それはおそらくは可能な事の一つでしかないのだ。



 白竜は瞳を瞬かせてかすかに頷いたようだった。

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