第48話

「―――幻術で封じているとはね」とエリスは小声で言った。寒かったのかもしれない。

「さて、今から皆さんにはここで見たことを他言しないようにする呪いを掛けさせていただきます。宜しいですね」とエリスは言った。

「―――いや、では我々はここで待機させてもらうという事で」とクレニールが恐れたように口を挟んだ。



 得体の知れない呪いを掛けられてはたまらないという事だろう。ティムも「僕の送させてもらうかな」と続いた。

「そんなわけ行くか馬鹿者」とエリスがすぐに口を挟む。「あんたはいずれにしても中に入って話を聞くのさ」



 ティムの不審な顔にエリスは続けて行った。

「アタシは仕事として中に入り、事の事実を確認しなきゃならない。アンタはアタシが管理している犯罪者なんだ。言った筈だよ。アタシの目の前から消えた時は容赦なく首の上を丸ごと吹き飛ばすって。それにこの事実の確認はあんたの仕事でもあるだろう」



 教えて貰えばいいのじゃないかと言い募ろうとしたところで、氷のような指先で襟足を撫でられて、小さく悲鳴を上げた。振り返るとエリスが白い指先で首筋を撫でたとわかった。背筋に悪寒が走り呪いが這いまわったことを感じた。

「―――ここばかりはアニー様の言う通り。あなたは中に入って事実を見て確認するのです。誰が果たしてスパイだったのか。見て頂ければ『塔』が漏洩した話ではない事は分かるでしょう」

 結局、洞穴内部にはエリス、アニー、そしてティムが呪いを受け入れて入ることとなった。


 

 洞穴の入り口はまるで切れ込みのようだった。体を横にしなくては小柄なティムでも入ることは難しいかった。ただ中に入ってみれば奥は程よく広がっている。真っ暗かと思ったが、所々に光源があり細い道に光を投げかけていた。



 エリスは杖に寄りかかりながらゆっくりと足を踏み出す。アニーは肩を竦め後に続く。余り人が出入りした様子が無く埃っぽく、ティムは軽くせき込みながら後を追った。



 階段状になっている道を下りながらだんだんと自然石ではなく、加工してある階段を下るようになった。壁面もまるで都市の建物のようにきれいに揃えた石組の道となった。


 結局だ、とアニーが歩きながらぽつりと言った。

「あんたは別にパストンの魔術師の塔が犯人ではないと言いたいんだろう」

「そうですね。それは最初に言ったことですし、つまりはその証明をしようとしています」



「そりゃまぁいいさ。信じる信じないはとにかく。アタシはこの事態を解決することが仕事なんだが、するのかね?」

 ティムは良い質問だと思った。ここまで来たわりに解決のメドはつくのだろうか。

 しかしエリスはそれには答えず、大きな空洞のに出たところで立ち止まり「お待たせいたした」と告げた。



「―――何だい、誰も待ってやしないよ」

 アニーがエリスの背中に声を掛ける。

 エリスは振り返りながら「誰もあなたにそんな事を言っていません。では中にお進みください」と言い、道を開ける。


 アニーがティムを見るので、ティムは軽く咳ばらいをして一歩踏み出した。

 まず感じたのは凍り付く様な気温だった。肌に切りつけられるような寒さを感じる。その次に感じたのは、不可思議な存在感だった。



「―――おいおい」とアニーが天井を見上げて聞きなれない声を漏らした。

 釣られて見上げたティムの目に入ったものは、真珠のよう白く美しい巨大な竜の姿だった。

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