第45話

「―――何について話そうって言うんだい魔術師。アタシは今忙しいんだ」



 アニー・コルトはダグに焚かせた火に当たりながら軽口を叩きながら、腕の傷を温水で濡らした布で丁寧に拭った。



 僧侶のクレニールが呪文を使ったため頭の傷口は塞がったようだった。暖かい布で顔を拭うとべっとりとした血糊がアニーの白い面から落ちた。



「あなたが死んだのは何年の事だったのです。アニー・コルト。覚えている西暦は?」

「さて、何のことだかね」

 エリス・ヘイドンは鼻白みながら扁平な岩の上に腰を掛けて、青いローブの前を掻き合わせた。



「言い逃れも甚だしい。あなたのブラスナックルはと同種の物でしょう」

 懐から光を跳ね返さない真っ黒の立方体を出しながらエリスは言った。



「神の贈り物と言えば良いでしょうかね。この世界の魔術でも定義することが出来ない破格のアイテムです」

「不用意にそんなものを出すんじゃないよ。ぶっ飛ばすよ」



 気が付けばアニーは右手の指先にブラスナックルをぶら下げていた。ずっとアニーを見ていたティムが瞬きをするほどの時間でナックルを抜き出して見せた。



「あなたのナックルもおそらく普通では考えられない破壊力なのでしょう。つまりはあの《神》で良いのかしらね。あのチェーカー染みた事務屋の様な女の贈り物なのでしょう」

「あの女ね。まぁ神というには、なんだね。有難味はなかったねぇ」



「私は物心ついた時からあの事を思えていました。つまりは自分が死んだ時の事です。私が死んだのはアメリカのシカゴ。1947年。任務で赴いたのですが黒塗りの車に追突されてそのままでした。もはや前世とでもいうような事を覚えているのは、とても不安だった記憶があります」



「ハッ、1947年シカゴだと? カポネの親父が死んだ年か。じゃあアンタはギャングの抗争に巻き込まれたんじゃないか? あの頃はどこもかしこも戦争でいい時代だったからね。じゃあ思想とも主義とも関係のない事でアンタは死んだんだ。クソ赤の共産主義者には似合いの末路さ」



「前世の主義をどうこう言われたところで痛くも痒くもないですが、それとなくわかりましたよ。アニー・コルト。あなた、ギャングだったのですね」

 エリスは軽蔑を載せた目線でアニーを睨む。



「主義主張も何もない暴力の徒。人間とは思えないただの野獣のようなヤンキーだったとは驚きですね。生まれ変わったところで暴力で生活をしているようじゃありませ んか。バカは死んでも直らないとはこの事」



 アニーが立ち上がろうとしたところをティム・ライムは「まぁまぁまぁ」と抑えた。このままでは殺し合いになると思った。

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