第44話

 アタシは犯されていねぇ、と救出されたアニー・コルトは開口一番にそう言った。


 ゴブリンの巣の制圧自体はティムが考えていたよりずっと簡単に進んだ。

 とはいえ、エリスの箱の力があってのことだとバルゲンは請け負っていた。ゴブリンの巣穴の制圧は言うほど簡単な事ではなく、どちらかと言ったら危険の多いミッションと言える。とは言え、数十匹を同時に拘束できるエリスの箱があるならば話は別だった。



 見張りのゴブリンにわざと攻撃を加えて巣穴のゴブリンを釣り出したあとは、巣穴を飛び出した端から箱の中に取り込んでしまう。狡猾な一部のゴブリンはいたが、少数になってしまえば熟練の戦士の敵ではなかった。



 アニーは巣穴の奥に拘束をされていたが、比較的元気だった。

 両手が後ろ手に縛られていたが両足までは拘束されなかったらしく、近寄るゴブリンを端から蹴り飛ばしていたらしい。


 ティム・ライムが巣穴の奥に進み小部屋を覗き込んだ時に見たモノは、小柄のゴブリンの顔面をかかとで踏みつけている半裸の美女の姿だった。ストーカーのダグはまるで影の様にティムの横をすり抜けて、前が丸出しになっているエリスの肩をローブで覆った。 



 漸く全員揃い、血なまぐさくなったゴブリンの巣穴を割けて暫く岩場を抜けた先で、一行はアニーの為に火を起こした。既に陽は登り始めていたが、標高が高くなってきているので気温が上がらないのだ。

 ティムは暖かく甘い飲み物を作りアニーに差し出すと、アニーはおとなしく両手で受け取り口に含んだ。僧侶のクレニールがアニーが頭に負った傷の治療を行う。



 まぁ油断と言えば油断だけどねとアニーが気まずそうに言った。

「野営地近くの暗がりでいきなり頭を殴られたんだよ。そのまま昏倒しそうになったんだが、応戦した。ただ足を取られてナックルもはぎ取られた後は簀巻きにされたのさ。良い恥さらしだよ」



 ティムがエリスから受け取ったナックルを手渡してやると、アニーは漸く安心したように笑顔を浮かべて懐にしまった。

「―――残党はもういないようですね」

 暫く目を閉じて杖を額に当てていたエリスが割り込むように言った。



「その中に入ったゴブリンはどうなった?」

 ティムはエリスの手の中にある小箱を指さして言った。

「―――いなくなりました」

「つまり?」

「聞きたいですか。いなくなったのです」



 エリスは鬱陶しそうに髪を跳ね上げて、アニーの顔を見て「さて、お話しすることがありそうですね。あなたもでいいでしょうか。ティム・ライム」と冷淡な声で言った。

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