第43話
「あそこですな。間違いありません」とダグ・ウェストは屈みこみ、右手の指先で地面に残る足跡に触れながら言った。
夜明け前なので暗く道は見えにくかったが、ダグはゴブリンから吸い上げた情報を元に、冷静に一行をゴブリンの停泊地に案内をした。
暗がりの中でティム・ライムは何度もつまずいたが、その度にダグはティムの腕を支えた。
冒険者のバルゲンとクレニールは慣れた者なのか夜半の行軍を器用に熟したが、魔術師のエリス・ヘイドンはさすがに苦しそうに杖で体を支えながら一行の最後尾を辿るようにして歩いた。
口数が少ないのは、これからゴブリンの巣を襲撃するという緊張感だけではなく、ティム・ライムの薄気味悪さの為だった。少なくともティム自身はそう思う。
パストンに暮らしていて、ゴブリンの言語に堪能なものなどいない。
それは魔術師達も同様で、ゴブリンの言葉を理解しようとするくらいならば古代語をより深く理解しようとするものだろう。ティム自身も、見たことも効いた事もない言語をいきなり流暢に話し始めた等という話を聞けば、眉唾物だと思うはずだった。
バルゲンが音を立てないように剣を抜きながら「夜が明ける前に仕掛けた方が良さそうですね」と言った。
視線の先には小さな洞穴がある。焚火が熾火にくすぶっており、その傍にちんまりと座り込んでいる歩哨役のゴブリンが見えた。頭が前後に揺れ動いている所をみえると、居眠りをしているようだった。
「どうやります」とクレニールがフードを被りつつメイスを構えた。どうやら前衛に立つつもりの様だった。
どうだろうとティムは手を口に当てながら考える。巣穴が深いと面倒なことになる。一稿で押し入ったとして、ここではない出口があれば逃げられるだけだ。ただしそれを調べている時間も人も当然ない。
「さすがに数十匹も残っている訳はないのでしょう?」
エリスが荒い息を突きながら口を挟んだ。
「そうだろうね。あのゴブリンが正しければ脱走兵が寄り集まった一団らしい。『両手二つ分よりはいない』って表現を信じるなら二十匹程度。襲撃を受けた時に死体になったのが八匹。つまりは残り十二匹程度ですかね」
「視界に収められるようにしていただければ、一網打尽にして差し上げます」
エリスはそう言いながら懐から、黒い箱を取り出した。エリスの小さな手の上に乗せられた長方形の黒い箱は、ランタンの光を跳ね返しもしない。そもそもこの世界では直線で出来ている者は珍しい。しかしこの箱はまっすぐな線と平面で出来ている。
「私の視界に収まれば二十人以内であれば、この箱の中に拘束することが出来ます。この中身がどういうものかは、あなたがご存じのとおりです」
「この箱はアニー嬢のコレと似たようなものなのです。あの方も『送り込まれた者』という事なのですね」
そう言いながらエリスは、指先にひっかけてアニー・コルトのブラスナックルを取り出した。
ティム・ライムは眉間に皺を寄せながら、エリスの白面を見た。
「君は……、君も会ったのか?」
やはりあなたもなのですね、とエリスは半眼になり答える。
「私は前はソ連邦の職員だったのです。保安委員会にいた人間です」
「―――KGB」
「それを知っているあなたの素性にとても興味が湧いてきましたが、然し今はそれどころではないでしょう」
ブラスナックルをティムの手に落としながら、エリス・ヘイドンは言った。
あの魔女が。とティムは女神を名乗る女を思い起こしながら罵る。
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