第42話


 同じ妖精属の中でも、ゴブリンやコボルトといった種族はハッキリとルールを守ることが出来ない傾向を持っている。


街でルールに従えない人間がそうなるように捕えられ、結果罰を受けることになる。

ゴブリンやコボルトたち自身がその扱いを窮屈に考えたため、結果パストンからゴブリンやコボルトが見られなくなったという事だと考えていた。


 逆にベゼリングは自由自治が国是とされている帝国だ。

むろん帝国である以上そこにルールはあるが実際は法治というよりべゼリング皇帝の専制に近い政体だと聞く。逆にそれが彼らにとっては理解しやすいのか、ベゼリングではゴブリンやコボルト、更にはオーク種ですら市民として受け入れられていた。



「尋問しようにも言葉が分からないとどうにもならない」と戦士職のバルゲン剣の柄に手をやりながら言った。「魔術師殿には何か案はありませんか」

「残念ながら。口語翻訳は意外と魔術的には困難なのです」

 エリス・ヘイドンは少し眉間に皺を寄せながら答えた。



「―――昔、同じパーティとなった魔術師は古い遺跡の言葉を流暢に訳していた物ですが」と神官が口を挟む。

「記述された言葉を解読するという呪文は比較的ポピュラーですが、あれは記述言語を解読しているに過ぎないのです。言葉を使えるようになるものではありません。言葉自体が流動する要素の高い概念に他ならないため、定型のアプローチではどうしても齟齬が生じるのです」

「齟齬?」


「えぇ、話し言葉は毎日刷新されるものです。新しい商品や概念が作られるたびに新しい言葉が発生します。それを型どおりに魔術に落とし込むのは困難です。魔術自体がどんな大魔術であっても詠唱と触媒、そしてマナの三位一体である対象に影響を及ぼすものです。対象自体が不定形なモノに影響を及ぼすのは難しいでしょうね」



 ティム・ライムはそれを横で聞きながら、目の前のゴブリンの言葉に耳を傾ける。

 確かに自分は目の前の生物が話す言葉を聞き取ることが出来る。それ所か語り掛ける言葉も浮かぶ。



 ―――黙るがいい。さもないと今すぐに首を刎ねるぞ。

 ティムは、恐るおそる言ってみた。頭の奥底で何かが解錠される音がするようだった。もがいていたゴブリンは、ハッとした目でティム・ライムを見詰めた。その目には紛れもない恐怖が浮かんでいる。



 女をどこに連れ去った。場合によっては治療して解放してやる。早く言うがいいと、舌先にしびれを感じながらティムは話した。



 得に何かをしている気がしない。

 あえて言うなら、初めて飛ぶ幅跳びで、やってみたら誰よりも遠くに飛んだような感覚だった。


 エリス・ヘイドンが鼻白んだように「おやおや」と言う。

「驚くことに、ライム氏は亜人種言語に堪能だとは。Dはそれを知っていて彼を同行させたのでしょうか?」



 そんなわけはない。何故ならティム自身自分が亜人種、それもゴブリン語など話す機会もなく接する事もなかったのだ。

 ある種の酩酊感がある。



 ―――どうなんだ。答える気が無いならば、今すぐ死んでもらうぞ。

 ゴブリンは慄いたように後ずさりを始めた。

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