第41話

「そんな、まさか―――」

「軍事では何でも起きるのでしょう。とは言えこれは軍事的な事に見えませんけども」


「しかし、ベゼリングが侵攻してきているのはテムゼン市ですよ。ここは首都のマルメを挟んで正反対じゃないですか。背中を突かれていることになりますよ」

ティムはエリスへの苦手意識を忘れて答える。


「いや、この魔術師の姉さんのいう事も一理ありますぜ」とダグが割り込みながら答えた。

「装備が薄汚れすぎている。それにショートボウを持っていますが矢が尽きていたようだ。ベゼリングの斥候だったらもうちょっと補給を受けてもうちょっとましな身なりをしているもんです。こいつらは、脱落兵が流れてきたんじゃないですかね」


「ゴブリンもコボルトもベゼリングでは市民となっていますが、彼らは人間とは異なります。自制も聞きませんし自らの欲望には忠実です。まず食料を狙ってきたようですが見当たらなかったのでしょう」

 エリスが言葉を継いで答える。

 アニーを攫う意味がまだ分からない。



 眉間に皺を寄せていると、エリスがため息交じりに「平和ボケをしていらっしゃるのでしょうか。自制が効かない種族だと言った筈です。ゴブリンが女を攫えば劣情を晴らそうとしているのに決まっているではないですか」と答えた。



 ダグが気まずそうな顔をして、アニー自慢のロングブーツを差し出してきた。

 胃の上の辺りがぐっと押されるような悪寒が起こり、ティムは顔を顰める。

「―――助けないと」


「でも、どうやって?」とエリス・ヘイドンが答える。

「もはやあの一団は逃げ去りました。行方が知れません」

「ダグさんに道を追ってもらうしかないじゃないですか」

 ティムは急いで答えるが、ダグが「夜更けじゃ無理です。やってみても良いですが間違えれば見当違いの方に行きかねない。せめて朝にならんと―――」



 じゃあ、どうする?

 途方に暮れて辺りを見渡す。確かに草と岩が混じり合っているようなところで足跡を追う訳にも行くまい。それに辺りは戦いの後ばかりで、足あとだらけだった。



「お話し中すいません」と聖職者のクロニールが口を挟んだ。

「調べてみると、息があるものが一頭残っていました。どうしますか?」

「それ以外はどうでした?」とティムが尋ねると、クロニールは冷淡に「命が繋がる見込みがないものは、慈悲を垂れてやりました。彼らの神の身元に送られたのでしょう。―――私はその神の名を知りませんがね」と答えた。

 



 今すぐ傷を治せとそのゴブリンは喚いていた。

 近寄ると塩辛い体臭が臭うようだった。体長はティムよりも少し小柄なくらい。150センチ程度に思えた。ティムが思っていたよりもその肌は緑褐色ではなかった。どちらかと言えばあざ黒さの方が目立つ。

 

 禿げ上がった禿頭だが、襟足の辺りに白髪がまとわりついている。耳は他の妖精属と同様に少しだけ上の方に尖っている。

 子供みたいに見えるが両手の大きさと分厚さがたくましく見える。手の甲には分厚い血管が浮き上がり指が太い。そのかぎ爪は鋭く、ここばかりは物語に聞くゴブリンの姿そのものだった。


―――小柄なおっさんみたいだ。

 実はティム・ライムがゴブリンを見るのは初めての事だった。都市部に住んでいればパストンではゴブリンなどの種族は見ることが無い。

 エルフやドワーフといった妖精属の中にゴブリンやコボルトも入るのだが、パストンでは排他的に扱われている。



 これは別に差別があるわけではないとティムは捉えている。

 パストンは平和な国ではあるが、つまりは法治が発達している国だ。エルフやドワーフは種族的な傾向として秩序だった事が苦にならないし、エルフに至っては人間よりもルールに固執することがある。Dが役人であるように、パストン行政の中では、エルフ種が位の高い地位を占めることも珍しくない。

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