第39話
それから数日、ルター山脈に向かう麓の深い森の中をさまよう事になった。
数日はティムは物珍しさに心を躍らせたが、その後に感じたのはいつになればここを抜けられるのかという不安と、森の仄暗い獣道を追う心細さだった。
この道が本当に通り抜けられる道だとは誰も知るものはない。エリスは変わらずに方角を指し示すが、よくよく見てみると、彼女には方角しかわかっていな要だった。
おそらくは方角探知の魔術を持ちているのだろう。しかし、その魔術は道がどこに続くかという事までは、当然ながらフォローされていない。
役立ったのは意外というか当然というか、盗賊職のダグだった。
レンジャーの技能も備えているらしく、彼は着実な歩みで一行をガイドした。
樹林帯を抜ければ荒涼とした岩と、岩の間を背の低い針葉樹が間を埋めるようにして生えている岩稜に差し掛かった。荒涼とした岩と空の間で冷たい風が吹いた。
「たぶん、あの魔術師の姉さんが目指しているのはルター山脈の西峰の辺りですね」
ダグは薄暗がりの空に眼をやりながら低い声で言った。
「ここから西に向かう道はもうそんなにありません。西峰は険しい山しか残らないです。あるのは中腹の水晶窟というのがあるそうですが、地元の人間には禁忌とされているそうですよ」
「詳しいですね。このあたりの出身なんですか?」
ダグは少し怪訝な顔をして、懐から数枚羊皮紙を取り出した。
「いやぁ私が詳しいのではなく、地図ですな。姉さんから聞いた時にこの辺りの地図を用意しておきました。かなり古いものですが、峠道など早々変わるものじゃありません。役に立って良かったですな」
ティムが地図を手に取ると確かに大分古いものだった。ただ、ティムにしてみれば何の準備もなくここまでついてきただけなのだ。それを思うと少し恥ずかしくなった。
「さて、もう二、三日ですかね。本格的に岩を行くとなれば、風が吹いてまともに休めなくなります。薄くとも木々が残っているこの辺りで少し休んでおきましょう」とダグは荷を下ろしながら言った。
―――ティムはかなり低い灌木に身を埋めて眠ろうとしていた。
うとうととしてまどろむ中で、刑場に引かれていく夢をみた。あぁこれは夢だなと気が付いた途端に次は黒い穴の夢を見た。
夢だ。
ティムは気が付いているので今度は大分冷静に穴を見詰めることができた。
穴はもっと正確に言えば銃口だった。
前世で自分が最後に見たものだった。軍事機密の奪取を目論み敵国への侵入したが、それ自体が露見していたのだ。自分を待ち構えていた何者かによって殺された。
何故あの作戦は失敗したのだろう。ティムは首をひねる。陸軍からの正式な作戦でだった。失敗する要素の少ない作戦だったからこそ、自分も同意をした。
―――結局情報が洩れているのだ。だからこそ良くない事が起きる。
この世界の出来事。つまりは新兵器の情報の漏洩もそうだ。結局手の内が知られていれば勝負になるはずもない。
見張りがいる。見張り塔が必要だ。
機密を盗み出そうとしている者がいないかを瞠り、誰か困難に喘ぎ助けを必要としているものがいれば必要な支援をする。あるいは危機に足を踏み入れようとしている者に適切な助言をしてやれるような、背中を必要な時、必要な程度で助けてやれる者が必要だった。
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