第36話
周囲を見渡すと、ロングソードを腰にした戦士と僧侶、そして盗賊らしい男がいた。良く見れば盗賊はアニーの準軍事組織の隠れ家にいた男だった。小男だが身軽そうな男。荷物も誰よりも軽量だった。
赤髪のアニー・コルトも厚手のマントに身を包んで騎乗の人となっていた。灰色の曇天の空に吹く強い風に、アニーの長い見事な赤毛が巻き上げられているのをうるさそうに手で押さえつけていた。
そして青いローブを来た魔術師の女。半ば紫となった髪がフードから溢れて揺れていた。それを認識した途端ティムの馬は数歩下がった。ティムの怯えが手綱から伝わったようだった。
「後で自己紹介してもらうが良い。彼女はエリス・ヘイドン。パストン公国『魔術師の塔』の魔術師であり有事の際の工作員だそうだ。我々との交渉の結果『塔』は一致協力してこの件の解決に当たることになったんだ。その代理人が彼女だ。一致協力だよ。協力してくれたまえよ」
「―――バカな事を。僕だどんな目に合ったのかわかって言っているんですか?」
ティムは背筋に寒気を覚えながら、語気荒くDに詰め寄った。
「……まぁ、あまり実は詳しく聞く気になれなかったし、聞いていない。『塔』が行う尋問なんて惨鼻極まる惨いものだろうしね。でも、君は協力するのさ。自由になりたいだろう?」
「僕が有罪かどうか。実際本当はどうだったのかは、もうどうでも良いんですね。だったら、今すぐ自由にしてもらえませんかね?」
「そうはいかないよ。逆に言うと今すぐ君を犯人としても良いんだぜ。ただ、それじゃ何も解決しない。君に言う通りで言ってみれば犯人はどうでも良いのさ。もうすぐテムゼン市の事件から十日経つ。未だに事態は混迷の中だ。どうやら武装組織がテムゼン市を掌握していることは間違いないんだが、その対応を結局決めかねているし、決めたところでこの情報漏洩のルートを潰しておかないと、何をしても後手に回らざるを得ない。私にとって、そしてもちろんこの国にとってもこの件の解決が最優先だ。この件が解決するならば犯人が誰かという事は、実は些末な事なのさ」
「―――わざわざ市外に何をしに行くっていうんです?」
Dは両手を口に持って行って、息を吐いて手を温めながら答えた。
「―――『塔』は問題となっている広域攻撃魔術の開発者と、パストン公国の情報局員の面談に応じる決断をした。この魔術の漏洩元として推測できるのは、兵器を具体的に受け取る兵器省、そして兵器省に情報を渡す郵政省職員、そして開発元となる『塔』の内部人員。『塔』内部の容疑者は、ダンジー・ポロック氏が有力だが残念ながら彼の行方はまだ分からない。もう一人は当然ながら開発者本人だ。それを協議したところ『塔』はその開発者自身が面談に応じたと答えた」
「そんな事が」
ティムはあんぐりと口を開けて答える。常識的にはありえない事だった。
「全くだね。『塔』の最大の秘密事項だと思うがね。情報局としてもあり得ない機会だ。だからこの話に乗ることにした」
「だからってなんで、市外に出るんです。市内に来てもらえばいいじゃないですか」
「そこがね。魔術師達の禁則事項なのか、口にするのも禁じられているそうだよ。だから赴くって言うんだからね。僕も驚いたよ」
白皙のエルフは小さく小首を傾げながら言った。
案外本当に意外に思っているのかもしれないと、それを見てティムは思った。
「―――何をグダグダと話しているんだい? もう準備は出来た。行こうじゃないか」
手慣れた様子でアニー・コルトが馬を寄せながら言った。その背後にはまるで影のように盗賊の男が控えていた。
「あんたは今度こそアタシの目の前から消えたら命がなくなると思うんだね」とアニーは言いながら口元を吊り上げて笑う。意外とティムから目を離したことを後悔しているのかもしれない。
「では、任せるよ。アニー。少なくとも二十日以内だ。何らかの情報、あるいは打開策を持って帰ってくれると嬉しい」
Dはそう言って背中を向けて人で賑わう城址の中に入り、そして姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます