第35話

「しょうがないじゃないか」と、塔から連れ出されたばかりのティムにDは何でもないように言った。


「君が『塔』に拉致されたことを突き止めたのは、アニーのお手柄だ。まぁ彼女が君から目を離したので、汚名をそそいだというところだと思う。後は君をどうやって魔術師どもから連れ出すかという事だが、容疑者の逃亡という形にするのが一番早かったんだよ」


「……助けてくれたことには感謝していますが、さすがにそれはないんじゃないですか」


「君ね、実際アニーの監視下で勝手に行動したのは君だろう。言い逃れは出来る物じゃないよ。容疑者が管理者から逃げたという事は事実だ。さっそく手続きして容疑者を確保する手続きを取った。いかに『塔』が独自性、自立性を持った組織とは言え、国の正式な令状を真正面から断れるわけはないのさ」



 ティムはそのまま牢獄に一時投獄されて三日後―――。無事に、逃亡の罪は現行犯という事で即座に開廷となったわけだった。


 当然というかティムに弁護人はいなかった。

 青いローブの一団が証人として参加したが、彼らは『パストン国魔術師の塔』職員だった。裁判の議事で「塔」の権威に傷がつく様な表現が残らないように参加しているという事だった。


この世はねじ曲がっているとしみじみと思ったものだった。



「ティム被告は……、何でしたかな」と、判事がぼそぼそと言う。

「―――有罪、マルメ市外への外出の厳禁」とDが小さく答える。

「そうそう。ティム被告は有罪とする。マルメ市外への外出の厳禁。仮にその場合は死罪とする。もういいかな。だるくてかなわん」



 デビアン司祭は張り出した丸い腹を撫でながら、うんざりとしたように言った。

「では、解散。ティム被告には監視を付けるように。―――というより元々ついていたんだろう? それについてはどうなっているんだ」

 デビアン司祭の最後の言葉は尻つぼみになり、それを指摘する者もいなかった。



 ―――それから幾日も経たない日。



 ティム・ライムは馬上にいた。馬の乗るのも久しぶりでおっかなびっくりだったが、Dの用意した馬はおとなしい馬でティムをその背に乗せたまま、偶に頭を揺らす程度でじっと立ち竦んでいた。


 馬というよりはロバに近いのかもしれない。明らかに周囲の馬よりは小柄だった。

 馬の背には野営の道具、ロープ、スタッフなどが括りつけてある。ティムは一度すべて背負ってみたが、それだけでふらつく様な重みだったが、ティムを含めて丸ごとその背に乗せても、さすがに意に介さないようだった。



 遠く北に臨む山脈から叩きつけるような寒波がマルメ市を襲っていた。ティムは厚手のロープの襟元に顔を埋めてわずかに暖を取ろうとしていた。

 というよりはずっとローブに顔を隠したままだった。



「説明してくれるんでしょうね?」とティムは、隣に立っているDに言った。

 白皙のエルフは、暖かそうな分厚いローブの身頃を寒そうにかき寄せながら「なんだいジョージ君?」と答えた。


「ジョージ?」

「そう。君は今日から暫く、あるいはずっとジョージ・ライムという名前になる」

「なんでですか?」


「だって、ティム・ライム氏は現在マルメ市外に出ることは出来ないだろう。だから君はティム・ライムではない。ジョージ君というマルメ出身の農家の次男で、私の部下という事になっているんだ」

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