第31話

「やめろ、止めてくれ。オレは何にも知らないんだ。アンタらの顔をも見ていない。誰にも喋らんから、開放してくれ」



 鼻に付く獣臭がして、ダンジーは雄が身近に迫ったのだとわかった。

 途端に首を握られてつるし上げられたことが判る。


 ―――こいつ、俺を片手で上げやがった。


 オークだと、ダンジーは認識する。

 ゴブリンやコボルトと言った怪物は人間よりも小柄だと聞く。人間よりも大柄な怪物で比較的ポピュラーなのはオークの類で、大抵のオークは怪力を誇るものだ。ダンジーは首に荒い縄を掛けられて恐慌した。オークの怪力で首を絞められるのはごめんだが、吊り下げられるのも御免だった。



 浮いた足元にオークが何かをあてがったようで。ダンジーは首に縄を掛けた状態で何かの上に立ち上がっている状態になった。頭には相変わらず袋が被せられており、腕は背中で縛られている。



 いきなり起こされたので、眩暈を起こしそうになってダンジーは思わず踏ん張る。倒れれば自らの首が吊られて死んでしまう。

「国ではヒューマンをこの状態にして、どれくらい持つか見物をしたものだ。懐かしい」


「あら。素敵ですね。でももう少しサービスをしてあげたらどうかと思いますわ」

 女の声が楽しげに言う。

 いったいこの女はなんなんだ。なんでこんなことに加担しやがる。



 ダンジーは自分の命を預けている足場がどうやら椅子であることに気が付いた。少しでも体の軸を揺らすとガタゴトと頼りなげに傾いてしまう。


 ダンジーはまっすぐに立とうとして、股間に女の手が触れるのを感じて叫び声を上げた。女の手はまるで娼婦のようにゆっくりとダンジーを撫で始める。

「止めてくれ! 落ちる。死んじまうッ」

 腰を引こうとしたら椅子がすぐにバランスを崩しそうになる。


 ふふっ、ふふふ。


 女が含むような笑いを上げてダンジーを攻め立てる。オークが野太い笑い声をあげて嘲笑していた。

「なんでだッ。なんで俺なんだ」


 その先を口にすることが恐ろしく、ダンジーは奥歯を噛み締めた。

 なんで俺は死なねばならないんだ。こんなバカバカしい、弄ばれるような死に方を、どうしてしなければならない。



 それはですね。と女が答える。

「それは、売国奴が必要になるからです。ある意味誰でも良かったのですが、そうですね。都合の問題です」



 そう言いながら女はダンジーの太ももに強く、血が噴き出るまで爪を立て、ダンジーは声にならない叫び声を上げた。


「……そろそろ俺は行く」と雄の野太い声がする。

「情報の受け渡しはいつもの方法を継続する」


 ひとしきり粘っこい口づけの音が舌かと思うと「承知しました」という女の声が、気が遠くなるダンジーに耳に響いた。 


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