第30話
―――とはいえ。
ティムは意識せずに大柄な騎士装束の男の陰を利用して裏道に入る。
兵器省に犯人が居ないという事はティム自身も納得がいった。自分がベゼリングの工作員だったらより上流から情報を取りたいと思うだろう。その意味でDが自分に目を付けたのは妥当と言うしかなかった。
本来は『魔術師の塔』から。もっと言えばこの魔術を考案した魔術師自身を抑える方がよほど理にかなっているというものだった。冒険者の一群に交じって杖を突いてだるそうに歩くローブの老人の姿を通りの端から眺めながら思う。
魔術師も人間である以上、何らかの工作対象にできないはずがない。仮に彼らが職業的な拘束を受けていたとしても身柄を抑えてしまえばいいのだし、魔術師とはいえ生きている人間なのだから、弱みや人並みの欲望があるはずだと思えた。
裏通りに入ってしまえば、首都マルメとは言え街路は暗い。
ティムは頭を悩ましながら、根本的な事に思い至っていないのではないかと眉間に皺を寄せて考え続ける。
この魔術を考案した魔術師は、今どこで何をしている。そしてダンジー・ポロックは何処だ。
そして―――。
「―――そうか」とティム・ライムが呟くと、耳元で「不用心な事ですね、ありがとうございました」と低い女の声がした。振り返るとそこには誰も居ない。声を飛ばす魔術があると聞いた頃があると思い至った時には、強制的な眠気に襲われた。
冒険者に同行する魔術師が大抵備えていく≪眠り≫の魔術に違いなかった。
眼の端に青いローブを来た女が見える。紫に近い暗い髪の色に既視感があった。赤い唇を見て、あの女だと気が付いたが結局魔術に抵抗することは出来ず、ティムの意識は途絶えて消えた。
眼が覚めるとダンジー・ポロックはまだ生きていたことに感謝した。
馬車で被せられた黒い袋は目が粗いために、視界はないが外の光を感じることが出来た。
弱い光が当たっているように感じたので、きっと魔術光だと思った。屋内か、あるいは夜になっているに違いない。
揺れを感じなかったので気絶している間に馬車を降ろされたようだった。後ろ手に縛られている手を少し動かしてみると指先に木の板の感触を感じる。おそらく拘束されたままどこかの部屋に連れ込まれて、床に転がされているのだと思った。呼吸が過呼吸気味になって苦しかったので、早くも生きていたことを後悔し出した。
出来ればどこかリラックスできる居酒屋に行き、冷たい飲み物で喉を潤したい。然しいったいどういう事でこんなことにと思ったが、答えをくれるものは居なかった。
ギッ、ギッ、と椅子が軋むような音がしていた。
小刻みに上がる嬌声を効いてダンジーはうんざりする。勿論音を立てているのは椅子ではなくベットに違いない。
「……継続した情報は取れそうなのか」
「―――ッ、今はあまり多くの情報が出て居ません。個別で監視は続けているですが、通常の形式での情報のやり取りが少なくなってきています」
「テムゼンの方では補給に関する情報を求めている。マルメからパストンに派兵が出るなどは見逃せない情報だ。派兵されることはわかっている。その時期について知りたい」
「―――承知しています、うぅん」
喜劇だ、とダンジーは思った。なるべく寝たふりをしよう。そして逃げ出す算段を立てるのだ。こいつらひと段落したら眠るだろう。その隙をついて逃げ出そう。
うんざりしながら身じろぎもせずに倒れ込んでいると、獣じみた絶頂の大声が上がり、思わずびくりと身じろぎをしてしまう。それが雄(ダンジーは最早この男がヒューマンではないと確信していた)、ではなく、女の上げる声であることに心底怯えた。
「……さて、この男の始末をつけてしまうか、起きているのだろう? そこのヒューマン」
ピロートークもなく雄が何事もなかったのように言ったのが聞えた。
「どのようにするのですか?」
女がまるで食材を調理する方法でも尋ねるかのように答えた。
「昔から随分と我々の種族は人を虐め殺すことに工夫を凝らしたものだ。私の祖父はな、人間の耳を切り取って作ったネックレスを祖母に送ったそうだよ」
何か重たいものを落としたような音がして、男が足を降ろしたことをダンジーは察した。背筋を駆け上がる悪寒に耐えられず、ダンジーは知らずに叫び声を上げた。
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