第27話

 テムゼン市は炎に包まれていた。


 親ベゼリング帝国団体『結束の斧』のリーダー、クルツ・フォイマンはそれを見ながら、子供の頃の村祭りを思い出していた。


クルツの村はパストン公国とベゼリング帝国の国境線に近い寒村だった。年々人口が少なくなる村とは言え収穫祭を祝う祭りは村を上げて行われ、貧しいながらも華やかなものになるように心を尽くされた。


夜半から焚かれる篝火に巻き上げられる火の粉に、幼いクルツは目を奪われたものだった。その炎で焚かれた羊肉は貧しい村にとっては、年に何度も食べる事の出来ないご馳走だった。



 窓の外を見れば、歴史ある都市として名前を馳せたテムゼン市の街路には小さな山が巻き藁のように出来て、それこそ街ごと燻すように煙を巻き上げている。その煙の臭いが村祭りの羊肉が燃えている匂いを連想させて、クルツは眉を顰めた。



 肉の焼けている匂いには違いはないのだろうが、しかし、今漂っている匂いはテムゼン市の衛兵の死体の山だった。クルツはもう二度と羊肉を食べることはないのかもしれないと思った。


「制圧に反抗する勢力の力はほぼ削げてたかと思います。街路で死体を燃やしたのは効果的でした。恐怖心を煽って意思を折れば恭順も促しやすいというものです」



 素肌にシーツを巻き付けただけの姿で、音もなくエルシャンドラが背中に体を寄せて来る。ついさっきまで睦あっていた暖かい体から柔らかな女の肌の温度が伝わってくる。


「無抵抗な人間には危害を加えていないだろうな」

 クルツは微かに震える歯の根を噛み殺しながら辛うじて呟いた。


「無抵抗な人間は既に大方は逃げ出してテムゼン市を脱出しているようです。今、市内に残っている人間は市民を装った抵抗勢力と判断をしています」


「オーク共には余計な暴力を振るわないと強制させる筈だろう」

 眉間に皺を寄せたクルツは語気を荒げた。そんなクルツをエルシャンドラは嫣然と笑い、背中に唇を押し当てて答える。



「勿論クルツ様の意向は伝えました。ただ、相手はオークですから……」

「だから何だ。ベゼリング帝国ではオークだろうが、コボルトだろうが臣民の筈だ」


 そうだ、だからこそ自分は旧弊なパストンに反旗を翻して、ベゼリングに恭順した。元々は辺境の貧しい村の事、モンスターとの軋轢は日常だった。


隣国のベゼリングではオークの将軍がいると聞いて耳を疑ったものだ。良く言えば古風で典雅な気風、クルツに言わせれば旧弊で窮屈なパストンでは考えられない事だと思った。



「無論、ベゼリングではパストンのように種によって差別はありません。能力によってのみその力量は測られます」

「だったら-―――」


 何故無駄な殺しを止める程度の事が出来ない。

「クルツ様誤解のなきよう。オークだけではありません。人間にだって殺しがやめられない輩はいるでしょう。オークだって似たようなものなのです。頭の良いオークは将軍にもなります。ただしそれは割合の問題。多くのオークは奪いそして殺す生き物なのです」


「詭弁だ」

「そうかもしれません。だけど、だから何だというのでしょう。既に決起は始まりました。二年前にパストンからテムゼン市を切り取り、既得権益に耽る上流市民共を血祭りにあげるという、あなたの誓いは果たされました」



 エルシャンドラは嫣然と笑い長い指で、街路に積み上がり黒煙を巻き起こす炎を指さす。

「あれが正に文字通り人が篝火と化した姿。あなた様が望まれた狼煙でなのです。私はそのお手伝いをする事ができ、実に幸せな女でございます」


 エルシャンドラが指を差す黒々とした小山に眼をやり、そこから空を掴もうとでもするように掲げられた、焦げ切った真っ黒な小さな手を見てしまい後悔をした。


 こんなことでどうする。まだ事は始まったばかりなのだ。

 クルツは自らの弱気を励ますようにエルシャンドラの細い腰を抱え込む。ダークエルフは微笑みを浮かべクルツの顔を両手で抱え込み、胸元に引き寄せる。

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