第25話

「―――アタシはテズラの出なんだけどね」とアニーは口を開いた。

「割と大きな村だ」


 ティムは答えながら思い出す。マルメ市郊外にある中規模の村だ。長閑で、そしてこれといって特徴のない村。目の前の派手な美女が長閑な村出身であることが少しおかしかった。


「ごく普通の村娘だったのさ。今も両親は村に羊に囲まれて暮らしている筈だよ。アタシは大人しい方だったって母親は言っていた。話すのが女の子にしては遅いので心配をしたって。漸く親の手伝いができる歳になって、羊を追っていた夏になりたての頃、納屋の隅でコレを見つけた。不思議も良いところさ。その日羊を全て小屋に入れて手に持っていた縄を棚に置いて、そう言えばと振り返った時に既にそこにあったんだから。触れた時に漸く『自分が誰だったのか』を思い出した。これが武器である事も、自分がシカゴマフィアだった事も、死んであの陰気な女に会い、この世界に生まれ直したことも知ったってのは、〝思い出した〟って表現で良いのかね」




 その夜、ティムはアニー・コルトに半ば連行されるようにセーフハウスに連れ込まれた。


 テーブルに酒瓶とグラスを2つ置いたアニーコルトはどっかりとソファに座り込み、顎でティムに前の椅子に座るように示した。


部屋は明かりを落としてある。テーブルの上のランプだけが小さく炎を揺らして光を投げかけている。部屋に溜まっていた埃が光の光線の中を小さく待っているのが見えた。



「あの女は、あたしに世界を救えと言った。何の冗談なんだろうと思ったよ。村娘に世界を救えだと。何の冗談なんだい。そしてコレを渡しておくって言って、その後はもう覚えていない」



 アニーはテーブルの上にそっと輝くブラスナックルを置いた。怪物を殴り殺したにしては傷一つ付いていないそれは、暗がりの中でそれ自体が薄く発光しているのが見て取れた。



「混乱したよ。パストン公国の地方の村娘であるアニー・コルトであったアタシと、シカゴマフィアの一員でドン・カポネを護衛していたアタシが二重に存在しているようで気持ちが悪かった。ただ、その内に慣れた。慣れたというか、今のアタシが過去のあたしを呑み込んでいったように思う」



 そこまで時間をかけてアニー・コルトは話した。余り話慣れていない自分語りなのか、時折話が戻ったり先に言ったりして漸く話終えると、グラスの酒を少し舐めた。


「時折気が狂ったのかと思ったものさ。大きなビル群に囲まれて、銃を持ったチンピラをブラスナックルで殴り飛ばしていたなんて、とんだ妄想だと。その度にこれが『違う』と教えてくれる。それが妄想なら、どこからこれが出てきたんだ。パストンにこんな武器はない。少なくともアタシの村にはありっこないのさ。だからあたしは正気を保つことが出来た。……どうした。呑まないのかい?」



 ティムは手に持ったグラスを漸く口にした。アル・カポネは十九世紀にシカゴで実在したギャングだ。別名〝スカーフェイス〟。自分はなぜこんなことを知っているのだろうとティムは思う。そして疑問の余地がなく、自分の過去世がそれを教えてくれているのだと思い至る。



「君は……、昔、その昔というか、過去でもやっぱり同じ名前だったのか?」

「あぁアニー・コルト。なんでだろうね。不思議だよ。やっぱりあのクソ女の差し金なのかね」



 アニーは言いながら背もたれに体を預けて目を半ば閉じる。長い睫毛に縁どられた緑色の瞳が薄くこちらを見ていた。

「……で。アンタはどこの誰なんだい。シカゴとジャズを知っているアンタはさ」

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