第22話

 ティム・ライムはモンスターなど見たことが無い。

 良くて野犬や小型の熊を郊外の村で見たことはあるが、荒野を闊歩している怪物には縁の遠い生活をしている。



 そう言ったものは城壁の外で出るもので、そう言ったところに赴くのは、専任の冒険者が行うものと相場が決まっている。野外に赴き探索を行いモンスターを刈り取る事をするのが冒険者で、専用のギルドも存在しており、何ならティムが間借りをしていた「緑竜の尾亭」も又、冒険者の宿を兼ねていた。



 しかし、モンスターはある意味どこにでもいるでもある。得に死霊系のモンスターは市街で出る場合が多く、その対処は聖職者が担当すると相場が決まっている。



 アニー・コルトの眼前にいるシェイプシフターはそう言った霊体ではないが、擬態をするモンスターであると聞く。ダンジョンなどでは宝箱に擬態して、近づいてきた冒険者を不意打ちする危険な怪物だ。然し、人間に擬態するとは知らなかった。



 シェイプシフターは危険な本性を表し、既に人間だったようなモノになっている。

 アニー・コルトより頭二つは高く、両手を触手のように伸ばし鞭のように振っている。指があった部分には鋭いかぎ爪が見て取ることが出来た。グリーンの美しい唇があった所には空洞の穴が開き、その内側に牙が見え隠れしている。



 シェイプシフターが予備動作なくアニー・コルトに襲い掛かる。

 二つの太い触手で抱え込もうとしているのか、突然距離を詰める。

 「危ないッ」とティムは声を上げたが、途端にモンスターの体が、二度三度と弾き飛ばされたようにのけ反った。



 ティムの目には見えなかったが、アニーの左腕が上がっている。

 信じがたい事にモンスターの触手を拳で殴り飛ばしたようだった。アニーが右腕を上げて顎があった所を打ち抜くと、モンスターの頭部らしき部分が人間ではありえない角度で折れ曲がった。



「やれやれ。殴った感触も気持ちが悪いね。見ていて面白いものでもなさそうだし、お別れさせてもらうよ」



 アニーは軽く上半身を丸めて両手を胸元に上げて、ファイティングポーズを取り、小さく「フッ」と息を吐くや否や、まるで拳が10も20もあるかのように怪物にラッシュを叩き込んだ。

 魔法が込められたアミュレットなのか、殴るたびに両手のブラスナックルが鈍く光り、銀色の光が鋭く煌めいた。



 ティム・ライムが瞬きをするとシェイプシフターは床に転がっていた。表皮が裂傷だらけになり、傷口から体液を漏らしていてピクリとも動かなくなっている。

 ティム・ライムは止めて息を付くと「なんて強さだ」と呟いた。ふつうは冒険者複数人が対処するものなのだ。それがなんと拳で怪物を殴り飛ばしてしまった。



 口を開けて唖然としているティムの横で「『鉄拳アニー』の謂れ、お分かりになられたでしょうか」とグリーンが慎まし気に言った。



 アニー・コルトは左拳を腰に添えて、魅力的に腰を捻りながら己の右拳にキスをして「ハッ、骨が無いねぇ。これだったらシカゴのマフィア共の方が遥かにタフだったものさ」と小さく呟いた。


 ティム・ライムはその言葉を聞き、思わず「シカゴ? アメリカの?」と言ってしまう。その言葉を聞き逃さなかったアニー・コルトは緑色の瞳で、ティム・ライムの顔を見詰める。


「―――いや」

「『いや』じゃないだろ」



 アニーは一足飛びに距離を詰めて、ティム・ライムの襟元を摘み上げる。そしてティムの目を覗き込みながら「シカゴと言えば何さ。―――答えな」と詰問する。



 ティム・ライムの眼前には黒い穴が幻視える。

 「……摩天楼、ジャズ、ドン・アル・カポネ」とティムの口が意図せずに答えた。

 

 アニー・コルトはティムを離して背中を向ける。ティムは落とされた衝撃で尻もちを付きアニーを地べたから見上げる。


 アニー・コルトは光に照らされた赤毛を光彩のように輝かせながら「あんたとは腹を割って話す事がありそうだね。えぇ? そうだろ?」と言った。

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