第21話

 異変を感じ取ったのは、男たちと女たちが絡み合い出してからすぐの事だった。

 ティムはまるで道端の草になったつもりでじっと暗がりに潜んでいた。本当にこんなことが必要なんだろうか思った。



 アニー・コルトは長い手足でレナード技官の胴体を抱え込んで、中年男の耳をその唇でゆっくりと食み乍ら、時折鋭い目線を道端の草であるティムに向けている。レナード技官はアニー・コルトの真っ白な胸元に魅入られた様にそこから目を離さず頬を摺り寄せていた。当たり前ながらティムの事など正に眼中にはないようだった。



 ヒデさんは大柄な体をソファに投げ出して右から左から美女にしな垂れ掛かられ、眉を八の字にして喜悦の表情を浮かべていた。


 遠いのでどちらがオレンジでグリーンなのか、ティムにもはっきりしなくなってしまったが、二人とも躊躇なく上半身を露わにして、全裸のヒデさんに身を寄せていた。禿頭を赤くしたヒデさんはどちらに口づけをしようか始終迷っているようで、右を向いたり左を向いたりと忙しそうに見える。


 ―――本当に軍事作戦といっていいのかね。


 ティムはフードを深くかぶって体を抱え込んだ。寒くはないが疎外感がある。しかしどうもあの中に交じる度胸は無かった。寧ろ良く人前で全裸になれると思う。



「皆さんお盛んですね」と女の声がする。

「ホントですね」とティムは答えた。


 声を掛けられてふと隣を見ると、金糸の髪の美女が、品よく口元に指をあてている居る。指先にグリーンのマネキュアが塗ってあった。白い面差しに微笑みを浮かべて、「あらあらあんなことまで。フフッ。楽しそうですわね。あんな脂ぎった大男に顔を寄せて」と言った。


「嫌じゃないんですかね」

「仕事ですから。嫌も何もないかと思いますわ」

「いつからそこに?」


「馬車を降りてすぐにお花摘みに失礼したのですが、戻ってみればもうあんなに盛り上がっていらっしゃったので、ちょっと加わりずらくて。こういったことはタイミングを外すと割って入るのも難しいものですね。勉強になりました」

「じゃあ、あそこにいるのは、誰なんですかね」

「誰なんでしょうね? 私たちは三つ子ではなかったので」



 やっぱり双子ではあるんだとティムは見当違いの事を思ったが、体は喉元が窒息しそうな程恐慌していた。


「あちらが、そのお姉さんなんですか?」

「いえ、私が姉なのです。あの肥満体の腕を胸に抱え込んでいる娘は妹です。母も良く間違えたものです。お気になさらず」


「いや、大事なのはそこではなく……」

「お聞きになったのはあなた様ですが……」


「失礼しました。いや、あの。ではあの自称ヒデさんの頭のてっぺんを胸に抱え込んで禿頭にキスをしている女性はだれなんです?」


 グリーンは美しいカーブを描いた眉を八の字にして、「私にとても似ている娘ですね」と言った。これじゃ何にも解決しないとティムは思って思わずフードを取って立ち上がる。



 馬車の中に居たのは、自分を入れて四名だった。倉庫の中に二人の男が居て合計六名。ではあの七人目はは誰だ。


 見てみるとアニー・コルトと目が合う。

 様子を見て取ったのか、表情で疑問符を浮かべ、レナードに圧し掛かられながら、辺りを見回した。そして何かに気が付くと、こちらにも聞こえるような大きなため息を付いて、大声で「止めだ、止めだッ」と言い、圧し掛かっていた中年男を跳ね飛ばした。


「うひゃあ」とレナード技官は、どこから出たのかもしれない声を出して、ソファーから叩き落される。

「そこの……なんだ、何でもいいや。正体を出しな」


 アニーは背中を反らして、両手を差し伸ばしてひざ丈の長いブーツに手を入れる。豊かな尻から長い脚にかけて綺麗なラインが露わになった。

 オレンジはすぐさま異変に気が付いたようで、ヒデさんを置き去りにして距離を取る。


 ヒデさんのみが未だ夢の中のように脂下がった笑みを浮かべていたが、絡みついていたグリーンの美しい顔が膨張しそしてドロリと溶けたところで、大声で悲鳴を上げた。


 ティムはそれを見て可哀そうにと思う。まさに天国から地獄だろう。

 ここまできてようやくティムにも、あれが何者か正体が分かる。あまりパストンでは見ないが擬態して人を襲うシェイプシフターというモンスターに他ならなかった。

 

 アニー・コルトは、ブーツに仕込んでおいた鈍い銀色のブラスナックルを両手に嵌めて、「やれやれ。台無しにしてくれたお礼をしなくっちゃね」と拳闘でも行うかのように身構えた。

 半裸の姿が篝火に照らされて妖艶に光る。翡翠のような瞳の色がその中でひときわ輝いた。

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