第20話
「まさかね」とティムは、倉庫の隅の暗がりにしゃがみこみながら呟く。まさか自分たちが成り代わって派遣されて、容疑者二人と近づくなんてするとは思わなかった。
アニー・コルトの計画は到底正気とは思えなかったが、大きな意外性を持っていたし、それだけに上手く行く可能性も感じた。
そして一度決断してからのアニーの行動は素早かった。
手配師に渡りをつけ身柄を抑える。そして露骨な脅しを入れ三人が派遣予定と聞きだし、驚くべきことに自分を含み、グリーンとオレンジをそのキャストと入れ替えさせ、衣装迄用意させた(グリーンもオレンジも拒絶しない事にティムは強く慄いた)。
ティムにも手配師の役柄を配置させて、夕方馬車に乗り込む。
「仮に荒事になったらどうするのさ」
行き道の馬車の中でティムが臆病に言い募ると、アニーはきょとんとした顔をした後で大声で笑い飛ばした。慎み深いグリーンとオレンジも口元に指先を当てて微笑みを浮かべて「『鉄拳アニー』をご存じないようですね」と謎の単語を漏らした。
ティム・ライムが馬車を降り、古びた倉庫の錆の浮いた扉を上げると、ヌッと男が顔を突きだした。何かに似ていると思ったが、暫くしてクラーケンとかそういう奴だと思った。海の生き物の独特なテクスチャー。ヌルッとしている感じの表層。
ただしクラーケンは「速いじゃない」と割と低めのからりとした声で話した。「あれ、人が違うね」というので「代理です」と事前に打ち合わせをした内容で答える。
男はティムの背後に三人の女がいることを認めると「良いから入って入って、寒いでしょ」と手招いて大柄な体を退けた。
倉庫の中は大きく寒々としていたが、その一角だけ設えてあり、暖かく火が焚かれている。脅して言う事を利かせた手配師はよほどの金を掛けたと言っていた。「そんな大金持ちなの? そのヒデさんて人は」と余りの事に聞くと、男は顔を顰めて良く分からないと答えた。全てクレイトス商会の付け払いだというのだから恐れ入る。この趣向だと中途半端な金ではないだろうと思った。
「支払いは聞いているよね?」とヒデさんが堪える。
「えぇ、お店の方にと聞いています」
「あれ、女の子。あれー美人だな。おい。あまりお店じゃ見ない顔だけど」とヒデさんはアニー・コルトと金髪のグリーンとオレンジを見て感嘆を漏らす。見る顔の訳がないと思ったが作り笑顔を浮かべてごまかした。
ティムは橋の暗がりにある荷物に座り込み傍観を決め込んだ。最早なるようにしかならないだろう。
座る前になんだろうと見てみると小麦粉の入った大袋だった。倉庫の作りは農作物を置く様な事に放っていない。たぶん備蓄倉庫に入り切れなかった分が、持ち込まれたのかもしれない。大人が漸く抱えられる程度の袋が少なくとも三桁程積みあがっている。
「もっと軍事色の強いものを想像していたんだけどな」とティムは両手を組んで呟いた。アニー・コルトはティムの不安を余所に、あっさりと半裸になりレナード技官に圧し掛かる。
これも事前にあった打ち合わせ通りだった。
なんと言ってもティムはレナード技官と顔見知りだった。「注意を引かないとといけないだろう。
あたしが一肌脱いでやろうってのさ」というアニーに。「そもそもオレが行かなければいいんじゃないの」とティムは答えたが、「あんたは参加するのさ。あたしの視界からいなくなったら大変な事になると思いな」と言い放つ。
合理的なんだろうかとティムは思った。容疑者を二人とも視界に収めて置けるのだから合理的なのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます