第19話

 アニーは「ヒデさんには興味が出てきたね。あたしたちにもイマイチはっきりと分からないってのが気に入った。あんたの意見は」と、話をティムに振って来た。



 ティムはアニーの横に腰を掛けながら軽く腕を組んだ。

 テーブルの上にアニーが吐き出した煙がとぐろを巻く。二人の金髪を見ると同じような恰好で行儀よく手を揃えて膝の上にのせている。


然し、爪の色が右側がオレンジに塗ってあるのに対して、左側がグリーンに塗ってある。便宜的にそれで見分けようとティムは思った。塗り替えられたらどうしようもないが。



「そのヒデさんですか。ヒデさんの素性は本当にわからないのですか? マルメ市で仕事をしているんでしょう?」

「そうですね。私共も一通りのことは調査しました。中央通りの商家『クレイトス商会』に出入りしている男であることは間違いありません。複数人の女性と懇意です。普段はその女性たちのもとに宿泊しないときは、クレイトス商会に泊まり込んでいます」とオレンジ。


「住所情報を調べようにも本名が分かりません。仕事らしい仕事をしている様子もないのです」とグリーンが続ける。

「でもそれじゃ、暮らして行ける訳はないでしょう。クレイトス商会はなんて言っているんですか」



 クレイトス商会は商家としてはティムでさえ知っている商豪だった。パストン公国のインフラ関係では大抵顔を出してくる商家で公王との関係も深いと聞く。

「それが……」とグリーンが形の良い眉を顰めて困り顔を作り、トロリと目を半眼にして答える。

「そんな者は居ないと答えて来るのです……」

「正式な要請であれば、例えば騎士団の要請という形だって取れますよね。いかにクレイトス商会とは言えその要請は断れないでしょう?」とティムは重ねた。騎士団の要請はほとんど絶対というのが当たり前だ。それが本当とすればクレイトス商会はよっぽどの事実を隠蔽していると言わざるを得ない。


「無論、正規の騎士団の要請状を取るのは時間が掛かりますが、取れない事はないのです。その前提で攻め立ててみたのですが、全く」


 異常だと言わざるを得ないとティムは思った。クレイトス商会とはいえ民間であり、公的な権力に正面から逆らえるとは思えない。



「怪しいね」とアニーが天井を睨みながら口を挟む。「怪しいじゃないか。商家ってのは評判を気にする物さ。官公庁にも取引がある商家のやることにしちゃ、胡乱うろんだよ」

「確かにね。クレイトス商会はそりゃパストン以外にも支店のある商家だ。ベゼリング帝国にまで商売を伸ばしているかどうかは知らないけどさ。一番いいのは要請状を取るのが王道だね」とティムは合の手を入れる。


しかし、自分の言った事ながら首を傾げた。今の情勢でそんな事をしている暇があるだろうか。正式な要請状の取得は優に一、二か月は掛かる。特例を求めたとして、その特例を求める行為自体が時間を取る可能性がある。


 その様子のティムを見て、アニーは「いやいや」と答えた。「そんな、まどろっこしい事は、あたしらはしないんだよ」

「じゃあ、どうするのさ」

「せっかくだ。あんたに準軍事組織パラミリって物を見せてやろう」

 そう言ってアニー・コルトは獰猛に笑った。

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