第15話

「……つまりはベゼリングに情報を漏らしたスパイを探し出せばいいんだ」

 ティムは下町の一室で日当たりの悪い窓を睨みつけながら言った。

 親切なことにDはティムに当座の拠点として、下町の目立たない宿屋の一室を貸し与えていた。

 


 貸しているというよりは、元々情報局の拠点なのかもしれない。室内の調度はお世辞にも良い物はなく、まるでどこかの質屋の払い下げで無理やり集めてきたような物ばかりで、色味も何も、ちぐはぐなものばかりだった。



 ティム・ライムは先々を思うと気が重かった。仕事をまず気にしたが、そんな事を気にした自分を嗤う。なんと言っても逮捕されているのだ。勿論解雇されたに決まっていた。

 一瞬だけマリー先輩の面差しを思い浮かべて、ゆっくりと首を振ってそれを追い出した。勿論今はそれどころではない。



 アニー・コルトが黄昏たそがれたようにも見えるティムの背中を見て鼻で笑う。古ぼけたソファにだらしなく座り込んで、長い脚をテーブルに乗せながら言った。

「さっきからみんなしてそうだって言っているじゃないか。Dだってそう言ってた。あんた、さては意外とバカなんだね」

「バカとはなんだよ」とティムはなるべくアニーを見ないようにして答えた。ブーツに包まれた長い脚がみえ、膝上の健康そうな太ももがまぶしかった。なんでこの寒いパストンでそんな薄着なのか、ティムは不思議でしょうがない。



「で? なんか当てでもあるって?」

 アニー・コルトは背中を反らして胸を張りながら言った。仕草だけ見れば猫そのものという印象がある。しかし実際は猫と言うよりは豹の類なのだろう。

「ダンジーさん。ダンジー・ポロックをまずは探すべきだ。行方が知れないのは異常だよ。兵器省の担当者、確かレナード・ヘスだっけ。それは調べているんだよね」

「調べているというか、本人に分からないように尾行を付けているってだけだね」

「つまり?」

「不審な動きがあったら拘束するって事になっている」

 ティムは振り返ってアニーの色の白い面を見る。

「拘束なんてしない方がいいんじゃ?」

「なんで?」

「不審な相手とコンタクトしているならば、そのまま尾行するべきだよ。不審な相手の正体が知りたい」



 アニーはそれを聞いて、肩を竦めて「それもそうだね」と答えた。

「大丈夫なのかなぁ」とティムは眉を顰めて言った。現在の自分にとっては味方と言うには甚だ怪しいの男勝りの令嬢の怪しげな組織力しかない。

 

 然し、アニーはティムの事など意にも解さずに、「犯罪者候補に大丈夫かどうかなって言われる筋合いないよ」と答え、ふと思いついたように上着のジャケットから小さな札上のアーティファクトを出して耳に当てる。

 小首を傾げて何事かを答えている所をみると、通話のできるアーティファクトなのだろう。

「―――よしよし、良く連絡してくれた。そのまま暫く付け回しな。もし途中で別れたら二人づずに手を分けて。そう、あたしらもそっちに向かう」



 言うだけ言って、アニーはアーティファクトを仕舞い込む。そしてまるで牝の肉食獣のように口を吊り上げて獰猛な笑みを浮かべながら、「ちょうど良かった。レナード・ヘスが妙な男と落ち合っているらしい。あんたも来るかい?」と言った。

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