第14話

 ダンジー・ポロックは目隠しをされたまま馬車に押し込まれていた。


 両手を後ろ手に縛られて身動きが取れない。この寒さの中で背中に汗をいる。伸ばした髭の中が蒸れるほどで出来れば両手で掻きむしりたいと思ったが、それは叶わない。



 ダンジーは、テムゼン市に起こった侵攻のニュースは、ポストに突っ込まれていたニュースの見出しで知った。

 目を見開いて立ち竦んでいたところを、「すいません」と見慣れない男に声を掛けられた。「なんだい」と顔を上げると、フードを深く降ろした人間が(人間か? 人間だったろうか。やけに小柄だった。亜人種だったかもしれない)、白い手袋の手を振って注意を引いた途端に、後頭部に強い衝撃を受けた。痛みで蹲ったところを駆けつけてきた馬車に押し込まれた。



 多分馬車は近くに待機させていたのだろう。手を上げたのが合図だったに違いない。

 ダンジーは額に流れて落ちる血が眼に入りそうで瞼をしばたたかせた。

 馬車の中で黒い袋を被せられる。視界が聞かなくなって恐怖に襲られる。「〈縛れ〉」という言葉が聞えたかと思うと、途端にロープが手足を縛り上げ始めた。

 古代語だ。魔術師だ。

 ダンジーは慄く。

 


 魔術の素養はないが、長らく塔で仕事をしているので簡単な魔法の概念は理解していた。一言で魔術と言うが、基本的な概念は触媒とマナと古代語で構成されると言っていい。基本三種の構成要素を組み合わせて必要な力場や作用を生むのが魔術である。



「……一体何で俺なんかを」と震え上がりながら言ってみる。

 ダンジーは塔に勤めているとはいえ魔術師ではない。下っ端の内の下っ端に過ぎない。そして自らをそれでいいと信じていた。魔術師の苛烈な競争や、場合によっては命を失いかねない人生などまっぴらごめんだと思っていた。その自分が誘拐されるなどという、憂き目にあう事など想像もしていなかった。



「彼に身代わりになってもらうのですね」と女の声が聞える。

 どうやらダンジーに答えているわけではないらしい。「…そうだ。仮に疑われたとしても目くらましにはなる」と答えた声が聞こえる。

 妙に軋みのある声であまり聞き馴染みのない声だった。

 そう思った時、腹部に強い衝撃を受けてダンジーは体を丸める。どうも爪先で蹴り込まれたようだった。



「気付かれたでしょうか?」と女が言う。まだ若い声だった。

「こいつの運命は決まっている」と声がしたところで、石でも嚙んだのか馬車が跳ね上がる。ダンジーは叫び声を上げて身を捩った。

 こいつら、俺を殺す気だ。

 そう思って大きな声を上げようとしたが、無駄に終わった。



「……ぞくぞくします」

 女が微かに震える声で言った。ねっとりと粘ついた熱のこもった声だった。ダンジーが慄きながら聞き耳を立てていると、ぴちゃぴちゃと音が聞えてくる。どうやら派手に音を立てて口づけをかわしているのだと気が付いた。



 なんて事だ。俺を殺そうって奴らが、サカってやがる。

 意識が閾値を超えて遂には笑い出しそうになる。俺はたった一つしかない命を発情した馬鹿どもに殺られようとしているのか。

「頼む。何が狙いなんだ」

「勿論それを言う事はできません。いずれ死ぬあなたにもね」と優し気な声が、漸くダンジーの言葉に答えた。

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