第10話

「私はね。ココ・D・H。Dと呼ばれているよ。君もそう呼ぶと良い」と白髪のエルフは名乗った。



 低めの声で正確な共通語のイントネーション。

 癖が無いところを見るとパストン育ちなのかもしれない。エルフに対して“育ち”という概念が当てはまればだがとティムは思った。

 


 連れ込まれた小部屋は四方を石壁に囲まれた尋問室だった。小さなテーブルと椅子が二脚。窓はない。魔法灯のぼんやりとした明かりが陰気な壁を浮き上がらせていた。

 奥に腰を掛けさせられ、Dと名乗ったエルフは入口側の椅子に腰を掛け、身振りでティムに奥の椅子に腰を掛けるように伝えた。



「イニシャルを名乗るなんて、子供じみているかな?」

「いえ、なんというか」

 イギリス情報部の初代チーフは自らのサインをCとだけ記したことを思い出す。然しこれは誰の記憶なのだろう。



「なんというか?」

「そのDは、どういった……」

「あぁ私はね」とDは姿勢よく腰を掛けたまま言った。「公務員だよ。君と一緒だ。主に情報を扱う」

 Dは事もなげに言う。たいしてティムは肌寒い室内にいながら、背中にびっしりと汗をかいた。防諜だとすぐに察しが付く。パストン公国でそう言った組織がいるとは聞いたことが無かった。



「―――その」

「まぁいいんだ。僕の事は。今は君の話。君も知っている通りテムゼンが昨日軍事的な攻撃を受けている。意図不明。この意味合いは通じるかな」

「つまり、侵攻の意志が明確に表示されていない?」

「そう、意外といいね。話が早そうだ。砲撃はベゼリング帝国からあった物であることは間違いないが、侵攻の声明はない。テムゼンは反パストン組織に占拠されベゼリングに併合を歎願しているという建付けになっている」



 Dは面白味もなさそうに続ける。「つまりベゼリング帝国は侵攻もせずにテムゼンを併合することになる。これはどう思うね」

「事実上の侵攻です」

「もう一声」

「テムゼンを占拠している団体は、事実上ベゼリング帝国の影響下にある集団だという事です」

 ティムは廻らない頭で答える。



「まぁそうだよね。普通。子供だってそうだと思う。まぁ反パストン感情を持っている人たちをベゼリングが焚き付けたみたいな所だと想像する。武器の密輸があった報告も上がってきたしね。ただ具体的な砲撃を加えるというのは大きな問題と言える。大きいどころではない。破滅的な問題だよ。つまり?」

「ベゼリング帝国が大規模な広域魔道兵器で、反パストン組織を援助している」

「惜しい。正しいがポイントはそこじゃない」

「惜しい?」

「大切なのは、ベゼリング帝国が広域魔道兵器を所持している。現在までの観測状況だとベゼリングにあそこまで兵器があると把握されていなかったのさ。ベゼリングはパストンより魔術後進国だ。その国がパストンもまだ持っていない規模の魔道兵器を所持していることは、由々しき問題って奴さ」



「それと僕に何の関係が……」と言いかけたところで、Dは持っていたテーブルを放り出して、ティムを見る。

「何をいまさら。君、知っていたんじゃないのか。あの兵器はパストンの魔術師の塔が開発を予定していた最新兵器と同じだって知っているんだろう?」と事も無げに言った。

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