第8話
テムゼン市は大陸のほぼ中央に位置する平坦な盆地にある都市だ。
市街中央をアーべ河が流れる古色蒼然とした町並みを誇る。歴史的には古くボードイン大陸が今よりも小さな都市国家群に別れて小さな部族争いをしていた時代からその歴史は始まる。首都テムゼンはパストン公国領、第三都市として栄華を誇っている。
しかし、それも既に過去の事となった。
べゼリング帝国からの突然の砲撃を加えられ、歴史を誇る都市の市街や建物は瓦礫の山と化した。そしてそれに呼応した過激な一団による市街占拠により、テムゼン市は無法状態と成り下がった。
テムゼン市を占拠した一段の内もっとも大規模であり過激な集団である『結束の斧』のリーダー、クルツ・フォイマンは市庁舎を占拠。市長の机に腰を掛けて配下の者に激を飛ばしていた。『結束の斧』は半数がヒューマンで占められているが、それ以外はオークとコボルトで構成されている。
クルツはそこに違和感を覚えたことはない。元々ベゼリングとの国境に近い集落の出身だからかもしれない。デミヒューマンの中でもわずかに言葉が通じるデミヒューマンとの交流はそれなりにあった事が影響しているかもしれない。
どちらかと言えば有効に活用できる人種だと取られていた。コボルトは優秀な盗賊と言ってもいいし、オークは力のある戦士として活用できる。そこに拘っては国家転覆などできるわけもないし、そもそも帰属しようとしているベゼリング帝国は、人種種族に殆どこだわりが無い珍しい国だ。それこそオークの将軍すら存在する。
「順調と言っても良いですね」
フードを被った女があまり感情の籠らない声で言った。
ローブの上からでも分かる起伏のある肉体の女。ベゼリング帝国から派遣されてきた女魔術師だった。
「どこまで本気か知らんがまだ戦士団を制圧していない。その後でならばそう言ってもいいかもな」
「慎重ですね」
「俺は油断して足元をすくわれるような馬鹿じゃない。この夜の為に何年も準備を進めたんだ。抜かりはない」
クルツは長くなった金髪をかき上げて女を見返した。
女は口元だけで笑い近づいてクルツに細い手を巻き付けると、ゆっくりと唇を押し当てた。クルツは口づけを受けながら女のフードを露わにすると特長的な長い耳が跳ねるように飛び出した。
女の肌は黒い。つまりはダークエルフだった。
外を見れば市街は火の手が回りあちらこちらで叫び声が上がっていた。クルツは部下に襲撃を禁じていない。どちらかと言えば血を見ることで高揚する戦意を重んじていた。
「本国でもあなたの評価は高くなる一方です」
ダークエルフは男の耳元に囁きかけるように言った。エルフにしては、というよりは女にしては低い声だった。
「エルシャンドラ。何を狙っているんだ」とクルツは答えた。
蠱惑的なダークエルフに抱き着かれて豊かな胸をこすりつけられていようと、この女の本性が魔術師であることは忘れてはならないと思っている。魔術師とは利害が無いと指一本動かさない物だし、特にダークエルフはそうだ。
「何を狙っているなどと、ただあなたの栄達に手を貸そうとしているのに」
女は含み笑いを漏らしながら男の耳を含む。どこかで大きな爆発音がして、小さな悲鳴が響いた。クルツは嘘ばかりだと思いながら、その温かい躰をそっと抱き寄せた。
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