第6話
ティム・ライムは目を瞬かせて見開いた。額に流れた汗を指先で拭った。
(なんだ、今の)と思う。事務員。煙草の煙が鼻に付くように匂う。黒い穴。
手元の封書をみる。綺麗に蝶結びで括られた封書。
ダンジー・ポロックは殆どドワーフのような背格好の人間だ。週末は郊外に行き釣りをするのが趣味。魔術師ではないがパストン公国の塔の庶務局に努める60代。兵器局行きの文書は大抵ダンジーが担当しているので、兵器局への伝達を受け持っているティムにはおなじみの名前だった。
ダンジーは魔術師の塔の下働きを長くしている。荷物の届け手と受け取り手は自然と顔見知りになる。ダンジーの癖は文書の閉じ紐を趣味の釣りで使う特殊な結び目で結ぶ事だった。
しかし、とティムは陽光の下で思う。
珍しく結び目がごくごく一般の蝶結びにしてある。裏返してみると折り目の糊付けが微かに剥がれつつあった。
これ、開けられていないか。
ティムは封がされている紐をゆっくりと外してしまう。 指を入れて封書を解くとするりと開封できてしまった。 単なるリエゾンに内部文書を開ける権限はない。なおかつ秘匿情報の漏洩に繋がり処罰対象になることすらあった。
手にじっとりとした汗を書きながら、中身を空けてみる。
一枚目は精巧な魔法陣。二枚目はその仕様書。魔法陣の方はさっぱりとわからなかったが、仕様書を読めば中身は明らかだった。
(広域戦略魔術についてか)
魔術を戦いに転換する、つまり兵器化が行われるようになって久しい。例えば、従来の弓矢に変えて魔力を推進力にして弾丸を飛ばす魔銃は実用段階にあり、各国も競い合うようにして導入を図っている。勿論当初は一国が占有しようとした動きはあるが、そこは塔の意向であっという間に各国に頒布したという経緯があった。
革新的な兵器技術による一国の支配を呼ばないようにという措置だったという事だったが、結局は手軽な殺傷力のある技術の普及によって、紛争による死者の数は桁違いになったと言える。
ティムが手にしている物は、仕様が正しいのだったら、魔銃のようなものではなかった。簡単に言えば魔力砲とでもいえる技術だった。
結果から言えばパストンのみに普及すれば、上手くすればこの大陸の制圧すら可能かもしれない。
ティムはそっと文書を戻す。
塔が技術を一国独占にしないというのは最早常識と言ってもいい。
敵国がこの文書を得た場合はどちらが実用化できるのが早いかがポイントとなる。
紐を元通りに戻す。
ダンジーが結ぶ結び方はティムには当然できないが今日の結び目は5つの子供だって結ぶことが出来る。
行嚢にしまい込み立ち上がる。
先ずは任務を済ませてしまおう。ティムは思う。その後でダンジーを訪ねて見なくてはなるまい。
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