第4話

「商工省のマック次官宛に請求書だ。この人ってこの間、退官したんじゃ」とティムは椅子に座り込み、手近な手紙を手に持ちながら言った。



 早朝3課には、大型の行囊で雑多に纏められた大量の封書がくる。それを手仕分けするところから仕事が始まる。届け先毎に担当が決まっており、封書が訳終わり次第届けていくというのが大枠の仕事だ。



 何故わざわざ手仕分けをしているかと言うと、理由はほとんどが官公庁に向けての秘匿性の高い文書が多いからに過ぎない。

 実に効率の悪い事だが、遅延するわけでもさらには万が一でも噴出するわけにもいかない。専門の課が設けられているのも仕方のない事とも言える。



「先々月あたりじゃなかったか。女子トイレの覗きか何かで査問会議を掛けられて退職に追い込まれたのって。で、誰からだ」とガルソン。

「ベルベット通りのグラディアって店」

「……そりゃ覗き部屋だな。あぁいうのは病気なんだよ。しかし、こんなもん迄紛れ込んでくるなんて、俺らの仕事もしょうがねぇ」とガルソンは天を仰いだ。



 だいぶ大机に積まれている手紙の山も小さくなり、そろそろ具体的に配達に掛かろうかと思っていたところで、ティムの左肩からフワリと柔らかいアーモンドと百合が混じったような香料の匂いが香った。女の金糸のような髪がティムの肩に落ちた。



「これ、忘れているわよ。おっちょこちょいね」

「―――マリー先輩」

 ティムは振り返りながら答える。



 そこには一人の美貌のハーフエルフが居た。腰まで伸ばした金の髪の毛が豪華だったが、目の色の青さが楚々とした印象を与える。

真っ白な二の腕に続く細い指に封書が挟まれていrう。

 濃紺のフードの外側からでもわかる程恵まれた姿態をしているのが分かる。小柄だがすらりと伸びた長い脚。豊かな腰がティムの傍にあった。



「兵器製造省宛て。ちょっと遠いから嫌ね。それにあそこは荒っぽい人がいるから気を付けてね。ティム君大人しそうに見えるから」

「マリー先輩は今日は?」

「私はいつも通り書類の仕分け。退屈よね」

「良かったら昼食でも」

「ふふ、ありがとう。でも今日はね。課長に誘われているの」

 マリーは髪をかき上げて微笑む。純潔のエルフ程長くないが尖った耳の先が見えた。青い大きな瞳が自分を映していると思うだけでティムは幾分か心拍数が上がる心持がした。



「でも、どこかで一緒しましょうね。先輩、奢っちゃうから」とマリーは微笑みを向ける。

「まじっすか、俺もいいっすか。というかマリー先輩、呑みに行きましょうよ。たまには付き合ってくださいよ」

 ガルソンが野卑な声を上げると「既婚者は奥様に悪いじゃない。だから遠慮します。またね二人とも」とハーフエルフは答えて、踵を返した。



「絶対に一回はお相手して頂こうと思っている」とガルソンが物欲惜しげな目で、マリー先輩の背中を追いながら言った。

「無理じゃない? それ」とティム。

「なんでだよ」とガルソンがこちらを向いたときには、ティムは行嚢に手紙をつめて席を立ち上がっていた。

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