第3話
パストン公国内務省郵政局政務部は国内の通信に関する諸管理の内、公務関連の文書を受け持つ部門だった。郵便制度は未だ完全ではないもののパストン公国では国家事業として捉えられていて、それなりの財源を振り向けられている。
国側にあるメリットは、個人の住所を台帳にすることができるという意味、つまりは税金が取れるという意味で大きい。しかし、まだまだその日暮らしで暮らす層、大抵は冒険者として暮す者共も多く、これは徴税人たちにも頭の痛い問題として捉えられていた。
ティム・ライムは20名ほど入る小さな部屋の仕分け用の末席に腰を掛けて、本日伝達するべき封書を仕分けていた。
基本は封筒。殆どは紐で括られて小さな紐が十字に掛けられている。場合によっては蜜蝋で封をされている。それが大きな仕分け用のテーブルの中央に重なり合うように山積みにされている。
部屋の隅には大型の炉があって薬缶を載せてある。窓ガラスには寒暖差で水滴がびっしりと付いていた。
今日は13人ほど捜しまわらないといけないようだったので、ティムは静かに溜息を着く。政治家や技官、武官といった相手に口上を述べつつ封書を渡すだけの簡単なお仕事なのだが、この仕事を難しくしているのは相手がどこにいるか良く分からないケースが多い事だった。
至急、且つ正確な伝達が課の存在意義だけに、場合によっては愛人宅にしけ込もうとする政治家を捉えなくてはならない。
ティムが奉職している3課は、部署名こそ大層な名前がついているが、郵政の業務の中では端も端の業務を担当している。口汚い連中からは“使いっ走り”と渾名されている始末。
職務は通信と伝達だが、やっていることは政治家や他の行政の重役の伝達事項を他部署の適切なメンバーに適切な形で伝える事で、 確かに使いっぱしりの仕事と言ってもそう大差はないのかもしれない。
シンボルカラーは濃緑。外套の色も同じで3課の紋章が胸元に小さく刺繍されている。3課の特権はどの部署であっても許可なく通行が可能である事と手持ちの荷物の検閲を免れる事。これは業務に速度が求められ、場合によっては厳重な機密を扱う可能性があるための措置だった。
郊外の農家の次男であるティム・ライムがこの仕事を選んだのはほとんど偶然に近い。冒険者や騎士などの武官を目指す体力ややる気はなかったが、それなりに勉強が出来たので市の雇用試験を受け配属をされただけという、唯々つまらない動機でこの仕事を続けている。
20歳から始めたので、もう2年程この仕事を続けたという事になる。
「しかしだ」と隣の席にだらしなく腰をかけた同僚のガルソンが、朝から疲れ果てた果てたように言う。「アーティファクトで言葉を伝達する技術があるっていうじゃないか、俺たちの役割はもう終わりだと思うがね。なんでまたこんなに仕事が多いんだか」
ガルソンは大柄な人間の男で年齢は確か30代の半ば。近頃長らく交際していた美女と入籍し、結婚式を挙げた。ティムは参加した結婚式の戦慄するような夜を思い返す。
それは昨年の短い初夏の事だった。
寒気の長いパストン公国では、寒気の緩む夏場に人が集まりやすいという事で夏にイベントを催す。したがって結婚式の類もこの季節に行われることが多い。
ガルソンは見栄を張り大枚を叩いて郊外の施設を貸し切り、新郎と新婦の双方の友人が集めて結婚式を催した。
社交的とは言えないティムも招待されてしまい、嫌々ながら参加をした。
ティムの見たところ全員で5,60名ほども集まっていた。 早く退散したいと思いながら式後の森の中のコテージでのパーティに参加していたが、夕刻になり次第に酒が万遍なく参加者に回り始め、2,3時間も経つと乱痴気騒ぎが始まる始末だった。
気まずくなってそっとコテージを出て、近隣にある小さな小屋を見つけて寄ってみた所、小屋の裏手で奇妙なうめき声を聞きつけた。
恐る恐る覗いてみると、つい先ほど神の前で貞淑の誓いを立てたガルソンの新妻が 式典では清楚そのものと言った美貌を歪めて、美しい金髪を振り乱して低い獣じみた吠え声をあげていた。後ろから新妻に抱き付いているのはガルソンの祖父と紹介された男だった。
「―――悪い花嫁だ」という声が聞え、「違うわ、私は今日から可愛らしい奥様になるんだもの。これで終わりよ」と新妻が答えた。
ティムは物陰に隠れて、拳を口に突っ込みながらそのまま引き返した。
それ以来、ガルソンは折に触れて自宅にティムを招いてくれるが、ティム・ライムはいつも新婚を邪魔しては悪いのでと断り続けている。
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