第1話
「テムゼン行き急行、発車いたしますぅ」
刺すような寒さの中、駅舎にドワーフ種の乗務員の低い声が響いた。
毛の密集した短い指がプラットホームの奥を指さし鉄路の伸びる先を指し示す。底冷えする構内に、強い髭に覆われた口から洩れた吐息が白く漏れた。
鉄の車輪がゆっくりと回転し車両を前進させる。車内の乗客の影が窓に揺れて映るのが見えた。
パストン公国の首都であるマルメ市に魔力を動力とする鉄道が走り始めたのは、ここ3年の事だった。
不定形なエネルギーであるマナを抽出し、術者の求める志向性を持たせる技術である魔術。その使い手である魔術師達の総本山である『魔術師の塔』が極端な秘密主義を押して国に提供したアーティファクト『魔力エンジン』を活用したこの乗り物『魔導列車』は、瞬く間にパストン公国に普及した。
その鉄路が国中に血管のように張り巡らされた結果、物資輸送におけるコストと効率が著しく改善したパストン公国の国力は、他国を圧倒する程の飛躍を見せた。
王城だけではなく役所などの官公庁が密集して建てられているマルメ駅はパストン公国の顔であるという事で、白亜の大理石を多用してまるで城のような
人の往来は自然と増え、マルメ駅の駅前はそういう事で自然に往来が増え、当然の帰結として駅前には宿屋が出来、カフェが出来、省庁で務める貴族の子弟が遊び歩く繁華街が出来上がった。
そんな繁華街に立つ店の一つである冒険者の宿「緑竜の尾亭」の主人、タニス・ニキは眠気を押して店の扉を開け、まだ薄闇の人気のないマルメの駅前を眺めた。
ここに店を開いて既に7年以上。駅が出来、結果的に駅前に店を構えることになったのは、唯々幸運の賜物だった。
「やはり幸運のアミュレットのおかげかね」
タニスは豊かに伸びた顎髭を撫でながら、現役時代にダンジョンで拾った奇妙な人形を思い出して呟く。
薄気味の悪い男女が絡み合ったような像だったが、鑑定の結果、幸運の効果のある像と言う評価を受けたので、店の隅に神棚を作り備え付けてある。
冒険者を引退して、仲間のエルフと結婚し店を構えてから瞬く間に月日が過ぎた。人間の自分ですらそうなのだから妻のジニーから見れば一瞬の事だろう。
パストン公国はこのボードイン大陸の中でも北に位置する国で、短い春夏と長い冬を過ごす国だった。その代わり多くの建物がカラフルなパステルカラーに彩られ、長い夜の安全を保つため、あちらこちらに明かりを灯すアーティファクトが備え付けられている。
パストン公国は厳しい自然とそれを克服する魔術に恵まれた国だと言える。
タニスは魔術からの連想で生き別れた魔術師の弟に思いを馳せる。
<喧嘩別れしたままだが、どこで何をやっているのか。>
そう思いながら発火のアーティファクトで店の暖炉に火を入れた。そう言えば弟も発火呪文が得意だった。
手の中の小さな箱状の物を見る。表面に細かな文様が刻まれた呪具。どういう仕組みなのだが想像もつかないが便利な物だと思った。ただ、弟が居て今も隣で力を貸してくれればどれだけ力強いだろう。
魔術は魔術師でなければ使えない。
強大な、場合によっては危険な術すら行使できる魔術師は、魔術師の塔で一元管理をされている。そして国はその力を一個の資産として認め、魔術師に庇護を与えて、その衣食住を国税を持って賄う。
塔はその庇護に対して、国に対してはアーティファクトを造りそれを提供することで技術として魔力を還元し、冒険者の旅に同行し必要な力を貸す事で魔術を市井に還元する。
これはパストン公国でなくボードイン大陸全域でも同様で、魔術師が国民として国に暮す事とは別に、別の国家とも言える組織体系にも従属している証左とされている。
つまり魔術師とは技術的な二重国籍者なのだ。
タニスは魔術の魔の字も理解できないが、アーティファクトの形になっていれば、暖炉に火を飛ばしたように魔術を行使できる。
あの鉄道の機関部も魔術で作られていると聞いて、タニスはその驚異に天を仰いだ記憶すらある。こんなことが出来るのだったら、なんだってできるのではないだろうか。
剣一本でダンジョンに押し入り、危険を潜り抜けて過去の魔術の遺産を漁った冒険者の一人だった者としては隔世の感がある。もはやダンジョンで魔術の残滓を見つけなくても、塔は新しい魔術を編みその力を世界に提供する事が出来る。
それが可能になってからこの大陸の文化は、唖然とする速度で進んだ。
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