集~つどい~ 其の捌

 花音が屋敷に通された時には、すでに神楽は霊装に身を包んでいた。純白の和装で花音の前にやって来て、塩を振りかけた。

「ごめんね。ママがこれやれってうるさいから」

 ローテーブルを挟んで二人は座布団に腰を据える。神楽が屋敷の奥に向かって何かを言おうとしたが、花音はそれを遮った。

「お話したいことがあります」

 決意に満ちた表情をじっと見て、神楽は溜息交じりに口を開いた。

「やっぱりな」

「分かってたんですか?」

「だって、おかしいじゃん。同じ霊が同時多発的に五人に霊障を起こすなんて。そうなるには、五つに分割されてなきゃおかしいんだよ」

 花音は正座をしたまま、テーブルを見つめた。

「十一年前、私たちは同じサークルのメンバーだった春原さくらという子を……」

 その時の記憶が蘇って、花音は言葉に詰まってしまった。込み上げる吐き気のせいかもしれない。

「殺したんでしょ? バラバラにして、それぞれどこかに隠した」

 花音はうなずいた。

「彼女は行方不明のまま、五年前に死亡認定されました」

「そうだろうね。で、それぞれの土地でさくらちゃんは悪霊と結びついたんだよ。みんなが集まるのは必然で、さくらちゃんがそう仕向けた」

 花音は沸々とたぎる憤りを隠そうともしなかった。

「そこまで分かってたらなんで言ってくれなかったんですか!? 章臣も洋介も、みんな……」

「だって、罪悪感を曝け出さないくせに根本的な解決なんてできるわけないじゃん。だから、腹を割って話してくれるの待ってたんだよ。もう遅いけどさ」

 言い返す気力すらもへし折られて、花音は涙を流した。だが、神楽は冷静だった。

「泣いてる暇ないと思うけど。さっさと埋めた場所教えてくれないと、儀式が始められない」


***


 翌日、神楽は千葉県の南にやって来ていた。

 海の見える山沿いの街に、春原さくらの生家はあった。霊装のまま街を歩くのは気後れしたが、そうしないとママに怒られるので、神楽は目立つ純白の出で立ちのまま春原家のインターホンを押した。



「そういうことですか……」

 さくらの母親は深くうなずいた。神楽は彼女の霊が成仏しきれていないということだけを伝えている。彼女が凄まじいまでの怨霊になったことは言う必要がないと感じたのだ。

「とにかく、彼女の思いが込められたものがあれば。儀式が終わればお返しするんで」

 母親は部屋を出て、しばらくすると、ピンク色のノートを持って来た。

「あの子がつけていた日記らしいんです」

「〝らしい〟とは?」

 母親は寂しそうにノートを撫でる。

「まだページを開いたことはないんです。あの子が帰って来たら、きっと怒るだろうから」

 彼女の中で娘のことは過去のことではない。今でも玄関口にさくらの声が響くその時を待ち侘びているのだ。神楽は玄関から姿を現した母親に宿っていた希望の光を思い出していた。

 テーブルの上にノートが置かれる。神楽はそれに触れて、直球を投げた。

「中身を見てもいいですか?」

 さくらの母親は長い時間を取って返事を寄越した。

「どうぞ」


***


 花音は夫の和人かずとにLINEを送っていた。話したいことがある、と。和人は了承して、話し合いの場は、今は和人だけが過ごしている二人の家に決まった。

「ついて行かなくて大丈夫?」

 実家の玄関口で母の房恵ふさえがそう言った。父の重治しげはるは仕事だ。

「大丈夫だよ。子どもじゃないんだから」

「子どもよ、私にとっては」

 花音は靴を履いて立ち上がった。

「ちゃんと話し合ってくるから」

「いってらっしゃい」


 家を出て、少し歩いたところで、花音は家を振り返った。

 居間の窓辺の房恵と目が合う。花音は思わず苦笑してしまう。小学生の最初の登校日もこういう風に家を振り返っていた。あの頃は不安ばかりで、今にも泣きそうだった。だが、今は決意を胸に一歩を踏み出している。



 二人の自宅に向かい、出迎えた和人と久しぶりに顔を合わせる。

「ありがとう、時間取ってくれて」

「ああ」

 和人と共にリビングに入る。ダイニングテーブルを挟んで座る。

「あのね」

 間髪を入れずに花音が口を開いた。

 初めから決めていたのだ。全てを話すと。

 ここ数か月のこと。そして、十一年間のこと。

 それが済んだら、警察に行くことも。

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