集~つどい~ 其の参

 四人はカードの裏に記載してあった住所を頼りに電車を乗り継ぎ、閑静な住宅街をやって来た。すでに太陽が傾いている。

「なんで電話番号は書いてねえんだよ」

 小言を言う洋介の目線の先に、大きな和風建築の民家が見えてきた。それが目的地のようだった。大きな門がある。はるばるやって来たとはいえ、四人がその門をくぐるかどうか迷っていると、遼一が「あ」と声を上げた。その視線の先、屋敷の玄関のドアの前に黒いライダースを羽織った銀髪ショートカットの若い女が立っていた。

「入りなよ」



 神楽は銀髪をなびかせて畳の間に四人を通すと座布団の上に座るように言った。そして、屋敷の奥に叫んだ。

「ママ! お茶出して!」

 四人が訳も分からずにじっと座っていると、疲れ切ったような女が姿を現して、五人分の緑茶の入った湯飲みをローテーブルの上に置いて、すぐに出て行った。

「おばあちゃんがお茶畑持っててさ、そこの葉っぱ使ってんのよ」

 そう言って神楽は湯飲みを口に運んだ。四人が反応に窮していると、神楽は灰色の瞳を彼らに向けた。

「とんでもないものに目をつけられたね」

「どうすればいいですか!」

 花音が声を上げる。神楽は先を続けようとする花音を、手を上げて無言で制した。

「猫たちがびっくりするから大きな声出さないで」

 とはいうものの、猫の姿などどこにも見当たらない。神楽は章臣に顔を向けた。

「中西さん元気?」

 急に話しかけられて、章臣はどぎまぎしながら、

「え、あ……、はい、たぶん……」

 と答えた。神楽はバカにしたような笑みを浮かべた。

「たぶんってなんだよ?」

 花音は不思議に感じていた。神楽は章臣が中西と関わりがあると、どうやって一発で見抜いたのだろうか?

「こんな世間話しに来たんじゃないんですよ」遼一は憤りを滲ませる。「俺たちが大変なことになっていると分かってるみたいですけど、どうすればいいんですか?」

 神楽は湯飲みを一気に干して、勢いよくテーブルに置いた。屋敷の奥の方から、「乱暴にしないで」と声が飛んでくる。

「ごめん、ママ!」

 四人は未だに目の前の、どう見ても十代後半くらいの女が霊媒師だということを受け入れられていなかった。

「どういう理屈か分からないけど」神楽は話し出した。「みんなのもとに現れた奴は、色んな悪霊を取り込んでる。そのせいでめちゃ強い。ちょっと準備が必要だわ」

 洋介は猜疑心を目に宿した。

「あんたにできるのか?」

「私、道上神楽なんだけど」

 およそ反論と呼べないような言葉に、さすがの洋介も何も抵抗することができなくなってしまった。

「それで、あの……、私たちは何をすれば?」

 花音が訊くと、神楽は鋭い眼光で答えた。

「奴は凄まじい怨念で現世にかじりついてる。そんな恨みを買う理由に心当たりは?」

 四人は顔を見合わせた。洋介が言う。

「心当たりなんかねえよ。そんなやばい奴に理屈なんかないだろ」

 神楽は鼻で笑った。

「あんたずっと恐怖を胸の奥底に押し込めようとしてるよね。もうちょっと素直になりなよ」

 洋介は怒りを露わに立ち上がって部屋を出て行ってしまった。

「心当たりないならしょうがない」神楽は洋介が出て行ったことなどなかったかのように平然と続けた。「奴の領域に触れたんだろうね」

 ふすまが開いて、さきほどお茶を持って来た女が今度は白い布を両手に抱えてきた。

「お仕事するなら、霊装れいそう着てね」

 彼女がそう言うと、神楽が口を尖らせる。

「ええ……、嫌だよ……。ダサいんだもん……」

「いいから着なさい」女がぴしゃりと言う。「そのせいであなた目が見えなくなったんでしょ」

 花音は息を飲んで神楽の灰色の瞳を見つめた。その口元がきゅっと笑みを浮かべた。

「綺麗な目でしょ?」

 花音は呆気に取られてしまった。

「もう帰っていいよ」神楽が言った。「あとは私がなんとかするから」

 そばにいた女が部屋の隅に置いてあった新聞紙を手に取って神楽の頭をはたいた。

「お客様に失礼でしょ」



「本当に霊媒師なのかな」

 帰り道、花音はあの灰色の瞳を思い出してそう言った。

「胡散臭いもんだよ」

 三人が屋敷から出てくるのを待っていた洋介は不機嫌そうだ。遼一も疑わしげに顎をさすった。

「洋介が『心当たりがない』って言ったのに、それについて追及してこなかった。本当に霊能力があるんなら、俺たちが春原を殺したことなんか分かりそうなものだけどな」

「あえて指摘しなかっただけかも……」

 章臣が肩越しに屋敷を一瞥した。その向こうに濃いオレンジ色の夕日が沈んでいく。

 会話の間隙を縫うように花音のスマホが鳴った。電話に出た花音は声を上げてしまった。

「えっ?! 奈々が……?!」

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