電~ソーシャルネットワーク~ 其の伍
離婚をチラつかせる和人を刺激しないようにするためには、花音は実家に一度帰るしかなかった。
「あんた、大丈夫なの?」
実家に帰ると、母親の
「うん、迷惑かけてごめん」
いくぶん落ち着きを取り戻していた花音は、弱々しく微笑んだ。
「何かあったの?」
親しみ深いキッチンのテーブルを挟んで、房恵がそう尋ねた。何をどこから話せばいいのか、花音には分からなかった。口を開くのを躊躇していると、房恵は言った。
「久しぶりだから、お寿司でも取る?」
この場で何も聞かない母親に言葉のない感謝を向けて、花音はうなずいた。
*
父親の
「無呼吸だと思うわ、お父さん」
房恵が重治を横目にそう言った。ビール一杯で真っ赤になってしまう重治が首を傾げる。
「俺、そんなにひどいかなあ?」
「ひどいひどい。たまに死んだかと思うもん」
「いや、そこは心配しろよ……」
自分を元気づけようと二人がいつもより明るく言葉を交わしているのか、花音には分からなかった。箸の進まない花音を見て、房恵は言う。
「花音ちゃん、大丈夫よ。一巻の終わりってわけじゃないんだから」
「うん……」
「そうそう」うなずきながら重治はまだ八割がた残っている花音のコップにビールを注ぐ。「俺らの時代と違うんだし、離れたりくっついたりなんて、気にすることないよ」
房恵が顔をしかめる。
「別にまだ別れるなんて言ってないじゃない、花音ちゃんは……」
「だから、そういうのも含めて、俺らの時代と違うだろって話よ」
二人の言葉の間を縫って、花音は静かに口を開く。
「ちょっと部屋に戻って横になろうかな」
「あ、本当に? いいよ、片付いてるから」
房恵がキッチンから送り出すと、花音は小さく、
「ありがとう」
と言った。帰ってきて初めて出てきた感謝の言葉だった。
二階に上がって、開いたままのドアをくぐり、高校まで過ごしていた部屋に足を踏み入れる。ベッドに腰を下ろして、まだ当時の物が多く残っている部屋の中を見回した。開いたカーテンの向こう、窓の外には月が浮かんでいた。
ポケットの中でスマホが震えた。彩月かと思い花音が画面を見ると、あのアカウントからのDMだった。無視をすればまた大変なことになるかもしれないと思い、DMを開く。
この家の玄関の写真が送られてきた。
思わずスマホを投げてしまう。部屋の外まで飛んで行ったスマホが、階段まで届いて大きな音を立てながら階下まで落ちて行った。
「花音ちゃん?」
階段の下から房恵の声がする。花音は階段のところに歩いて行って、そこに膝を突いて泣き出してしまった。房恵が駆け足で階段を上ってくる。強く花音を抱きしめると、階段の下の重治が言った。
「やっぱり、下にいるか?」
花音はうなずいた。
*
花音は事情を両親に話した。
謎のアカウントから嫌がらせを受けていること、それが発端となって和人との離婚の話が持ち上がったのだと。
「警察呼ぼう」
重治が言った。花音は不安そうに声を漏らす。
「でも、そこまでじゃ……」
「いや、こんな写真まで撮られてんだ。ストーカーだよ!」
言い出したら聞かない重治は警察に電話をして、すぐにパトランプが家の外を赤く、忙しなく照らした。
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