電~ソーシャルネットワーク~ 其の参

 三日後、花音は街のカフェで待ち合わせしていた友人の彩月さつきに手を振った。

「ごめん! 待った?」

「全然」彩月は通り沿いの日当たりの良い席でコーヒーカップを傾けていた。「先に頼んじゃったけど」

 やって来た店員に彩月と同じものをと頼んで、花音は言った。

「ごめん。わざわざ来てもらって」

「いいよ。ちょうど近くで用事あったし。で、なんかあった?」

「彩月ってTwitterやってる?」

 彩月は首を振った。

「インタスタはやってるけど、Twitterは……。なんかやばそうな人多いじゃん」

 そう言われて花音は苦笑してしまう。まさにこれから相談しようとしていたことだ。

 だが、この期に及んで花音はまだ話すべきか悩んでいた。彩月にとっては、どうでもいい話題かもしれない。たかがネット上の出来事にここまで必死になっている自分のことを、急に客観視している彼女がいた。

「どうしたの? 旦那?」

 不意を突かれて、花音は笑ってしまった。大袈裟に手を振る。

「違う、違う! そういうのじゃない」

「Twitter? 花音ってTwitterやってたっけ?」

「まあね、ちょっと前に始めたんだ」

 その理由を言うことはさすがにできなかった。

「Twitterでなんかあったの? 変な奴に絡まれた?」

 花音は思わずうなずいた。

「実は……、そうなんだよね」

 そう言って、花音は事情を説明した。最初は半信半疑だった彩月も、花音の家の玄関を撮影した写真を見た時には言葉を失っていた。

「え、なに……? ストーカー?」

「いや、分かんない……」

 彩月はテーブルの上に置かれた例のアカウントのページを見て、おもむろに自分のスマホを取り出した。少し操作をして、難しい顔をする。

「検索しても出てこないよ」

 Googleの検索画面を花音の目の前に差し出す。@で始まるTwitterアカウントで検索しても、アカウントはヒットしていない。

「そんなはずない。だって実際にDMも……」

「ちょっと待って……」彩月は素早くスマホを操作し始めた。「Twitterのアプリで見てみようかな」

 彼女はすぐにアカウントを作成し、検索を始めた。

「う~ん、私の方には出てこないよ、そんな人」

 花音は口元を押さえた。

 ──そんなはずない。

「っていうかさ、その名前、文字化けしてるんじゃない?」

「文字化け?」

「私もたまになることあるんだけど、本当は普通の文章なのに変な漢字になっちゃってるやつ。確か、ネットで文字化け変換できるところなかったっけ。それで直してみたら?」

 花音は言われるがままに検索をして、ウェブサイトに謎のアカウントの名前、「縺雁燕縺梧ョコ縺励◆」を入力した。変換ボタンを押す。すぐに結果が表示された。


<お前が殺した>


 血の気が引いて、花音は目の前が真っ白になった。

「なんて書いてあった?」

 辛うじて彩月の声が聞こえて、花音は笑った。その顔は引きつっていた。

「別に、たいしたことなかった」

 花音の耳に、十一年前に鼓膜を打った悲鳴が蘇った。

 スマホが通知で震える。あのアカウントからのDMだった。見たくはなかったが、花音の手は自然とDMを開いていた。


 送られてきたのは、コーヒーカップを前にしてこちらを見る花音の写真だった。


 勢いよく目の前の彩月を見た。

「なに?」

 微笑む彩月。この写真は彩月が撮ったとしか思えない角度と距離だった。目と鼻の先で撮られているのだから。

「彩月なの?」

「へ?」

 花音はスマホを彩月に向けた。

「あんたが悪戯でやったんでしょ!」

 店内中に響き渡るほどの絶叫だった。客と店員の視線が一斉に彼女に向けられる。

「待ってよ! こんなの私、知らないよ!」

「あんた、私の家の場所知ってるじゃん!」

「だから、違うって!」

「じゃあ、なんなのよ、これ!」

「知らないよ!」

 店員が駆け寄ってくる。

「お客様!」



 陽が落ちかけた街を歩く花音は、いつの間にか彩月と別れて帰路についていた。彼女をひどく怒鳴りつけた記憶だけはあって、それが花音を苦しめた。彩月とは高校の頃からの友人だ。そんな相手を疑ったことが許せなかったのだ。

 謝罪の電話を入れようとスマホを握った瞬間に振動が返ってくる。彩月かと思って画面を見る。あのアカウントからのDMだった。

 ──警察に通報することを伝えよう。

 その一心でDMを開いた花音の目に、自分の後ろ姿を捉えた写真が映り込む。後ろを振り返る。だが、人影などなかった。写真の中の周囲の景色は、まさにこの場所だ。短い橋の上。逃げ場などないはずなのに。

 花音は勢いよく走り出した。

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