電~ソーシャルネットワーク~ 其の弐

 朝起きても、例のアカウントをブロックできずにいた。和人を送り出して家事を済ませると、またスマホを手にする。

 昨夜来ていたDMを見返す。「ブロックしないで」の一言がやけに鋭く、重い。それに、なぜこのアカウントは花音がブロックしようとしたことが分かったのだろうか? 返信はしていない。そんなことをすれば相手に付け入る隙を見せてしまうと花音は考えたのだ。

 不気味に思いながら、もう一度ブロックしようとするが、どうしてもうまくいかない。ネットで調べても、解決できるような情報は見つからなかった。

 花音の頭に和人の顔が思い浮かぶ。彼はエンジニアだ。この手の問題に対処する手段をいくつも持っているだろう。とはいうものの、彼に内緒で作っているアカウントのことがバレてしまうのは気が引けた。

 花音は自分のアカウント情報を表示させた。フォロワー九八二人。千人まであと少しだ。このアカウントを消すのはあまりにも惜しい。フォロワー情報の一番上に謎のアカウントが居座っている。それがこびりついて落ちない汚れのように花音の目には映った。

 もう一度ブロックを試してみるが、やはり、

<問題が発生しました>

 というエラーが返ってくる。

 DMの着信を示す通知が現れた。またあのアカウントからだ。

 一枚の写真が送られてきていた。どこかのマンションの玄関だ。足元にレンガの鉢が置いてある。


 ──うちの玄関だ。


 花音はスマホを取り落としそうになって、乱れる呼吸を整えた。もう一度写真を見る。明らかにこの家の玄関だった。リビングからそっと廊下に出ると、数メートル先に玄関のドアがある。花音の背筋を悪寒が走る。

 外を確認したいが、足がすくんで前に進めなかった。



 帰宅した和人に尋ねた。

「ねえ、Twitterでブロックできない時ってどうするの?」

 和人は首を傾げた。

「Twitterやってたっけ?」

「いや、やってないけど……」

「じゃあ、別にいいじゃん」

 昔から、和人は融通が利かないタイプだった。それが悪い方向に働いた記憶ばかりが花音の頭によぎる。

「友達が困ってるらしくてさ」

「ネットの接続じゃないの? それかTwitterが落ちてるとか」

「そういうのじゃないんだよ……」

 和人が振り向く。

「Twitterやってないんでしょ?」

「やってないよ」

 和人は興味なさげにつぶやく。

「やってるならやってるで、別にいいんだけどさ」

 今まで隠し通してきた花音は、それが全て無駄なことだと分かって拍子抜けしたと同時に、俄かに憤りを感じていた。

「なにそれ」

 花音が不貞腐れたように言うと、和人は小さく笑った。

「え、なんか怒ってる?」

「怒ってないよ」

 そう言って花音は部屋を出て行く。

 和人は冷静沈着な人間だ。いつだって正しい道を選ぼうとする。それが頼もしいことがほとんどだ。だが、今日ばかりはちょっと腰を据えて話を聞いてもらいたかっただけなのだ、花音は。

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