電~ソーシャルネットワーク~

電~ソーシャルネットワーク~ 其の壱

 ベッドの隣の背中に指を這わせる。温かく弾力のある肌がパジャマの下にあるのが分かる。夫の和人かずとが身をよじらせる。

「今日疲れてるから」

 水沢花音みずさわかのんは音もなく吐息を漏らして、和人に背を向けた。愛する男と共に生活をするという道を選んだ女なら、女でいたいと願うものだと花音は思っている。女を女にさせてくれないのは、彼女自身の中から潤いや色づきを奪うものだと、和人は理解していない。そのことを彼に言えるはずもなく、もう長いことセックスレスが続いていた。

 暗い寝室の中で静かにスマホを引き寄せる。和人には内緒にしていたが、Twitterをやっていた。出会いの場になるかもしれないというささやかな期待があった。本当はマッチングアプリも始めようと考えていたが、そこまでの勇気はなかったし、それは和人を裏切ることになると寸でのところで思い留まっていた。彼女のスマホの中には、マッチングアプリのプロフィールやアピール用に洗面所の前で撮った下着姿の写真が収められている。



≪スティーブとダスティンが熱いんよ≫

≪ジェーンとリズボンのシーン泣いてもうた……≫

≪ボバ・フェットにはヘルメット脱がないでほしいんだよなあ≫

 趣味の場で出会いがあるという。だから、花音は海外ドラマの趣味仲間をTwitterで作っていた。今日も色々な話題が溢れていた。それらについていくために、花音も毎日ドラマを消費していた。

 花音は背中で寝息を立てる和人の傍らでツイートを送信した。

≪ペーパーハウス、最後まで一気見。頭脳戦にずっと浸ってたから頭よくなった気分笑≫

 すぐにツイートにいいねがつけられた。通知欄を見ると、「縺雁燕縺梧ョコ縺励◆」という名前のアカウントだ。奇妙な名前につられてそのアカウントのページを見に行くと、画面の下から風船が飛び出してきた。

<今日が誕生日です>

 ホーム画面に戻って日付を確認する。十月十七日だった。花音の胸がドキリとする。忘れようとしても忘れられない日だった。

 Twitterの画面に戻って、さっきのアカウントをフォローした。花音はそうやってTwitterでの〝陣地〟を広げてきたのだ。すぐにそのアカウントがフォローバックしてきた。そして、凄まじい数の通知が押し寄せてくる。

 そのアカウントが花音のツイートを遡ってすべていいねとリツイートをしたのだ。一日の制限を超える量だった。

 さすがに不気味だった。

 花音はもう一度そのアカウントを見に行く。ツイートは一度もしていないようだった。そして、そのアカウントがフォローしているのは花音だけだ。

<2011年10月からTwitterを利用しています>

 十一年前の十月……。花音はブルリと身を震わせた。腹の底から染み出してくるようなドロリとした感覚に、花音は吐き気を覚えた。すぐにそのアカウントをブロックしようとした。

<問題が発生しました>

 エラーが出て、ブロックができない。ネットの接続も問題はなく、Twitterも問題なく動いているようだ。それなのに、何度試してもブロックができない。花音の身体がじわりと熱くなって、汗ばんだ。溜息をついて、スマホをスリープ状態にした。

 ──朝起きたらブロックしよう。

 そう決意したところに、スマホの通知が現れた。そのアカウントからDMが届いていた。


≪ブロックしないで≫


 花音の身体がサッと冷たくなった。

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