影~ひとかげ~
影~ひとかげ~ 其の壱
カフェから出てきた
「ほら、来週からじゃん。あのキャラのやつ貰えんの」
看板には≪ハロウィンプレゼントつきランチ(10/24~)≫と書かれている。
「おっきく書いてほしかったなぁ~……」
愛果は顔を赤くしながら頭を掻いた。
「『まだ始まってないんです』って言われた時の愛果の顔がめちゃめちゃ面白かった」
愛果は意地悪な洋介を睨みつけた。そして、また看板に目をやる。
「ちょうど一週間後だから、また来ようよ」
洋介はそう言われて手にしていたスマホの画面に「10月17日」と表示されているのを見て、魂が抜けたように口を噤んだ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない……。二週連続で来るの?」
「いいじゃん。来なかったら、店員さんに『あの人来なかったな~』って思われちゃうじゃん」
「考えすぎだろ……」
チクリと一言を放つ洋介を無視して、愛果は歩き出す。
人通りの多い駅前に出る。二人は手を繋ぎながらゆっくりと駅へ向かっていた。
「ねえ、ハロウィンどうする?」
「そうだなあ……」
考えを巡らせて洋介が明後日の方を向くと、人ごみの向こうに長い黒髪の女の後ろ姿が目に入った。白シャツにベージュのサルエルパンツ、淡い水色のコンバース……。
途端に洋介の脳裏にあの秋が蘇った。
洋介は愛果の手を離して、その後ろ姿を目がけて人ごみの中に身を投じようとした。
「ちょっと、ちょっと!」愛果が洋介の手を掴む。「急にどこ行くの?」
振り向いた洋介の顔はどこか青ざめていて。だから、愛果は彼の目を覗き込んだ。
「具合悪いの?」
洋介はまた人ごみの向こうに目を向けた。〝彼女〟の後ろ姿はもう消えた。
「いや、なんでもない」
そう答えると、愛果は怪訝そうな表情を浮かべながらも微笑んだ。
「じゃ、行こう」
「ああ……」
再び手を取り合って道を行く。緩やかな風が前方から駆け抜けてくる。
「ひえ~」愛果は身を縮こまらせた。「さむ~!」
──そうだ、こんな日にあんな格好をする人間が外を出歩いているわけがない。
洋介は思い直した。あれは気のせいだったのだ、と。それに、あんな一昔前に流行った格好……、今じゃどこでも見られない。
──あれは気のせいだ。
自分を保つために握った手を、愛果は愛情表現だと思って強く握り返してきた。
「去年プレゼントしたロングマフラー、また二人で巻こうよ」
「恥ずかしいよ」
そう言いながら、洋介は笑った。
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