第227話 鍛錬場での一コマ -根性を叩き直しますね-

 レーム城の北に位置する場所に鍛錬場が設置されている。ニコラスに案内されながら亮二が鍛錬場に向って歩いていると、目的の場所から本来なら聞こえてるくるであろう剣戟や掛け声などではなく、酔っぱらいの笑い声や下品な話題が亮二の耳に届いていた。あまりの内容に亮二は眉をしかめると、カレナリエンやメルタを連れて来なくてよかったと思いながらニコラスに対して話し掛けた。


「俺が思っていた以上だな。まさか、ここまで酷いとはな。ちょっと本腰入れて鍛え直す必要が有るな」


「私では言う事を聞かない者が多く、到着されたリョージ伯爵にお願いする事になってしまいました。本当に申し訳ありません。ところで、リョージ様は王都でどのように兵士を鍛えられていたのですか?」


 ニコラスの言葉に亮二は曖昧な返事を返しながら「まあ、俺に任せといてよ。俺にとって悪いようにはしないから」と満面の笑みを浮かべながら鍛錬場に入って行くのだった。


「誰だ?ここに、なにしに来やがった。子供やニコラス爺のような貧弱な奴が来る場所じゃねえんだよ!迷子だったら、さっさと回れ右して帰りな!俺達は忙しいんだよ。飲むのがだけどな。ぎゃはははは!」


「よりにも選って、こいつらが鍛錬場に居るとはな。なぜ勤務中に酒なんぞ飲んでいるんだ!リョージ=ウチノ伯爵が鍛錬場に視察に来られて居るのだぞ!今が勤務時間である事すら分からないのか!」


 亮二とニコラスに話し掛けてきたガラの悪い兵士に顔をしかめると、ニコラスは兵士達に向かって一喝した。その様子をニヤニヤしながら眺めていた兵士達は「分からないのか?だってよ!」とニコラスの真似をすると下品に大声で笑うのだった。


 ◇□◇□◇□


「へぇ、ちょっとはマシな兵士も居るじゃないか。てっきり士気が著しく低下しているって聞いたからレベルの低い、役立たずのクズしかいないと思っていたよ」


「おい!新しく来たリョージ伯爵か知らねえが、お前みたいな貴族のお坊ちゃんと違って、こっちは北部にあるダンジョンで日々命懸けで挑戦していた百戦錬磨の冒険者が集まっている部隊なんだよ!チャンバラごっこがしたいのなら鍛錬場じゃなくて自分の部屋でやりな!」


 亮二の言葉に棘しかない事に気付いた男が威嚇するように話し掛けてきた。ニコラスは亮二に対する暴言に真っ赤な顔をすると兵士に向かって怒鳴りつけた。


「こら!お前達!止めないか!伯爵に対して失礼にも程があるぞ!それに、リョージ伯爵は“ドリュグルの英雄”との二つ名を持たれている英雄であるぞ!牛人3体相手に傷一つ負うこと無く討伐されている方相手に、お前達が相手になるわけ無いだろう」


 ニコラスの言葉に兵士達は一瞬静まり返ったが、徐々に笑い声を上げ始めながら最後には大声で笑い出した。ニコラスは自分の言葉で兵士達が爆笑している事に対して、さらに顔を真っ赤くさせてなにか言おうとしたが、亮二に手で止められると呼吸を整えて一歩下がりながら道を開けた。


「いまの爆笑はニコラスがホラを吹いてると思ったからだよな?じゃあ、俺がお前達に格の違いを見せてやるよ。日々、命懸けでダンジョンに挑戦していた冒険者?領主が不在なのをいい事に酒を飲んで管を巻いていている穀潰しが冒険者なんて名乗るなよ」


「なんだと!“ドリュグルの英雄”なんて言われているからって、調子に乗ってんじゃねえぞ!俺達は【C】ランク冒険者として活動していたんだぞ!調子乗っている領主様に世間の厳しさを教えてやるよ」


 亮二の挑発に兵士達が気色ばんだ顔色で剣を抜かんばりの勢いで怒気を発してるのを確認した亮二は「酔っぱらいはちょろいな」と呟きながら、さらに煽り始めた。


「酒を飲んだ状態で剣を振るえるのか?お前達の為に明日でも構わないぞ?あっ!負けた時の言い訳が必要か?」


「絶対に泣かすからな!酒飲んだくらいで腕が鈍るかよ!伯爵こそ後悔するなよ!」


 兵士達は鍛錬場から木刀を持ってくると、荒々しく投げ付けてきた。亮二は投げつけられた木刀を危うげ無く受け取ると、握って感覚を掴みながら「順番にかかってこい」と啖呵を切り木刀を正眼に構えるのだった。


 ◇□◇□◇□


「おいおい。【C】ランク冒険者で、その程度かよ。俺の事を泣かすんじゃなかったのか?やっぱり、酒なんて飲んでるから腕が鈍るんだよ。お前達の中で一番強い奴は誰だよ?そいつの相手してやるから出てこいよ。それとも全員で掛かって来るか?」


「ふざけやがって!ちょっとばかし強いからって調子に乗りやがって!おい!一斉にかかるぞ!」


 最初に亮二に絡んできて最初に倒された兵士が回復すると、亮二の挑発に乗って全員で戦うように叫びながら大きく振りかぶって上段から木刀を振り下ろしてきた。亮二は罠に掛かった獲物を見付けたような笑顔になると、剣を握り締めて襲いかかってきた兵士の木刀を全力で切り払って根本から切り落とすと返す刀で右腕を強打して戦闘力を奪うのだった。


 右腕が本来と違う方向に曲がり、のたうち回っている兵士を見た一同が硬直するのを見逃す亮二ではなく、間合いを詰めながら呆然としている兵士達の肩や太もも等に木刀を叩き込んで骨折させながら全員を叩き伏せるのだった。


「その程度で命を懸けてダンジョンに挑戦してたのか?よく無事に生きてこられたな?俺が倒したキノコのお化けより弱いんじゃないか?」


 亮二からキノコのお化けより弱いと言われた一同は歯を軋ませながら亮二を睨んできた。一般人でも倒せる魔物であるキノコのお化けは弱い代名詞で冒険者に認識されており、「キノコのお化けより弱い」と言われるのは冒険者失格と言われているのと同義語だったからである。いつもなら、そんな言葉を投げつけられれば激昂して抜剣していたであろうが、亮二から格の違いを見せ付けられた上に腕や肩の骨を折られて戦闘力を削がれている状態では歯を食いしばりながら亮二を睨むしか無かった。


「酒さえ残ってなければ、こんな無様な姿なんか晒さなかった!」


「おぉ。こんなにテンプレな負け惜しみを言ってもらえるとは思わなかったぞ。褒美をやろうか?」


「ふざけるな!」


 純粋な感想に苛立ちを募らせながら叫んだ兵士に対して亮二が何か言おうとした瞬間に謝罪と驚きの声が鍛錬場に響いた。


「すいません!酒屋が閉まっていて別の店に行っていたら遅くなりました!って、な、なにが有ったんですか?なんで先輩達が全員やられてるんですか?ニコラスおじさん…じゃなかったニコラス様が、なぜこのような場所に?え?この方が先輩方を倒されたんですか?え?この方って誰なんですか?」


「ん?エルナン坊やじゃないか?お前こそ、なにをしているんだ?お前の所属は違う部隊だろ?」


「そうなんですけど、先輩達に『酒を買ってこい』と命令されましたので…」


「いつも言っているだろう!頼まれたからと言ってなんでも聞くんじゃない!じゃから、お前はいつまで経っても下っ端なんじゃ!」


 両腕に酒瓶を抱えたエルナンが慌てて鍛錬場に入ってきたのを見て、ニコラスが詰問すると若干青い顔をしながら、酒を購入するまでの経緯を話し始めた。エルナンの話を最後まで聞いたニコラスは手を額に当てると盛大なため息を吐きながら怒声を発するのだった。

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