第222話 領都での調査 -現地調査をしますね-

 領都は静かな興奮に包まれていた。王都を出発した新しい領主であるリョージ=ウチノ伯爵が2、3日の内に到着すると立て札が上がっていたからである。領民にとってレーム伯爵の失脚は素晴らしい出来事だった。この5年ほどで税金は倍近くになっており、それに比例して物価も高くなっていた。その上、街道整備や不作に対しては対策が取れておらず、離村する者や他領に逃げ出す者などが年々増え、税収の不足を増税で賄っている状態だった。


 その中で、リョージ伯爵の赴任である。“ドリュグルの英雄”と呼ばれ、数々の功績を上げたマルセル王のお気に入り。教皇派の重鎮であるハーロルト公爵やラルフ枢機卿、宮廷魔術師ヘルマンに騎士団長テオバルトなどの重鎮とも交友があり、エレナ姫とも共同で研究所を運営している。


 また、王立魔術学院が所有している“初級探索者ダンジョン”の攻略者で、その時に得た報酬を使って王都から神都への街道を整備中でもある。


 物語から飛び出してきた主人公のような亮二に、領都に住んでいる者は「リョージ伯爵なら、この状況をなんとかしてくれる」と期待に胸を膨らますのだった。


 ◇□◇□◇□


「思った以上に領民の元気が無いね」


「そうだと思います。増税や不作で生活はかなり苦しいと聞いていますから」


 亮二の声にカレナリエンが悲しそうに返事を返した。亮二達一行の馬車は領都にある宿屋の前で止まっており、メルタが宿屋を取るために店主と交渉をしているところだった。


 領都の屋敷に入るまでに、亮二が正体を隠して、領都の生活などを見たいとの要望を出したからである。亮二の到着案内を2、3日ずらした立て札を上げさせて、その間に領都を見回る算段になっていた。もちろん、馬車も古びた物に変更されており、亮二が作った馬車についてはストレージに収納されていた。


「リョージ…リョーエモン様。宿屋の手配が取れました。2階の大部屋になるそうです。食事もお願いしましたが、本当によろしかったのですか?」


「諸々の手続き有難う。メルさん。もちろん。その方が色々と生活のレベルが分かるでしょ?後は実際に街に出て周りを見たいな。荷物を置いたらさっそく出かけよう!行くよ、メルさん。カレさん。クロはいつものように情報収集を頼む」


「むう。私もリョーエモン様と一緒に行きたい」


 クロが口をとがらせて抗議すると、亮二は苦笑しながら裏の情報収集はクロしかできない事を頭を撫でながら伝えると、「お土産のお菓子で手を打つ」と告げて情報収集のために街にくり出して行くのだった。


 ◇□◇□◇□


「それにしても、レーム伯爵領の特産品ってなんだろうね?」


 亮二達は市場がある区画で食材や食料、お菓子などを買いながら歩いていた。区画的にはかなり整頓されているが、閉じている店が多く、寂れた商店街のようになっていた。取り揃えられている品に関しても、傷んでこそいないが質が悪く、また価格もかなりの高額になっていた。


「かなり高いね?俺は王都からやってきたんだけど、野菜ってこんなに高いの?」


「当たり前だよ!領都とは言っても、払う税金は一緒なんだよ!この値段で売らないと私が首をくくる事になるんだよ。他の店に行っても同じ値段だよ」


 亮二の問い掛けに怒りながら返事をしてきた女性は、亮二が子供である事に気付くと若干話し口調を弱めて語り出した。


 ここ、5年で税金が高額になり払えなくなった者は、口減らしを兼ねて子供を売り払い、それでも苦しくなると夜逃げ同然で姿を消すとの事だった。


「売り物を他から仕入れたりしないの?」


「他領から仕入れをすると税金を高額で取られるし、街道も傷んでる上に野盗も多くて、護衛を雇うと結局は高く付くんだよ」


 亮二の質問に女性は渋い顔をしながらレーム伯爵領の現状を話してくれるのだった。


 ◇□◇□◇□


「思った以上に深刻だね」


「そうですね。冒険者ギルドにも確認しましたが、ダンジョンがある北部はまだ余裕があるみたいです。ただ、領都を含めた南部地域はダメみたいですね」


 メルタの報告を宿屋の食堂で聞いていた亮二は食事をしながら考えていた。レーム伯爵領は冬に向かっており、当面は作物の収穫が見込めず、餓死者は出ないだろうが村から離散する者が増えそうであり、なにか手を打つ必要があるのだった。


「やっぱり、公共事業で街道整備をしながら、給金を払って経済の活性化かな?」


「そうですね。それは結構だと思いますが、食料不足はどうされますか?お金が有っても購入する物が無ければ、どうしようも有りませんよね?」


 メルタの話を聞いた商人らしい男性が話し掛けてきた。


「おっ、なんか景気のいい話をしてるな?金はあるけど買う物がないんだろ?俺で良かったら取引するぞ?金の支払い具合によるけどな」


「それは、こっちも同じだよ。金に見合った食料を用意できるんだろうな?」


 突然、話し掛けてきた商人に対して、亮二が胡散臭げに返事をすると、商人らし男性が笑いながら自己紹介を始めた。


「まあ、確かに胡散臭いよな。俺の名前はセシリオってんだ。元々はストークマン伯爵領で商売をしてたんだがカルカーノ商会に商圏を奪われちまってな。新たな新天地を求めてレーム伯爵領にやって来たんだよ」


「私たちはビンボウハタモトサンナンボウ商会の者です。セシリオさんはアウレリオに負けて、こっちに来たって事?」


 カレナリエンの言葉にセシリオが苦笑しながら返事をしようとして、何気に亮二を見て固まった。セシリオが「えぇ!ひょっとして!」と叫んだ瞬間に、亮二は素早く間合いを詰めて口を塞ぐと、自分の席に無理やり座らせするのだった。


 ◇□◇□◇□


「おい、なにを叫ぼうとした?」


「お、お前って…いや、貴方はひょっとしてリョージ伯爵じゃ?」


 周りの視線を浴びながらも小声で問いかけた亮二に、さらに小声でセシリオが話し掛けてきた。


「なんで、こんな所に居るんですか?」


「ちょっと、レーム伯爵領の現状を知るために、商人に身分を偽ってるんだよ。まさか早速、バレるとは思わなかったけどな」


「俺みたいにドリュグルで伯爵を見ている人間だったら、特徴があるからすぐに気付きますよ。変装をしといた方が良いんじゃないですか?」


 セシリオの指摘を聞いた亮二は嬉しそうに「明日、朝食の時間にここに来い」と告げるのだった。

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