第221話 ビトールとの一コマ -説得しますね-

 ビトールが目を覚ますと鉄格子が目の前にあった。痺れた身体をなんとか起こして周りを見渡したが、自分以外には誰も居ないようで静寂に包まれていた。


「なにがどうなって、俺はここに居るんだ?武器も防具も取り上げられてるようだし、アイテムボックスも手元にないな」


「あぁ、武器と防具とアイテムボックスは後で返してやるから安心しろ」


 突然と声を掛けられたビトールは驚きのあまり声を出しそうになった。目を凝らして視線を鉄格子の奥に投げかけると、ユックリと亮二が歩いてくるのが見えた。


「どうだ?ゆっくりと休めたか?」


「あぁ、いい夢を見させてもらったよ。“ドリュグルの英雄”と一騎打ちをして苦戦させた素晴らしい夢だったよ。なんで、俺を殺さなかったんだ?ブラートの旦那についての情報なんて、何も持ってないから拷問されても喋れるネタすら無いぞ?それとも、公開処刑要員として確保してるのか?」


 ビトールの声に亮二は返事せずに、ストレージから報告書を取り出すと読み上げ始めた。


「ビトール=ブレトン。32才。レーム伯爵領生まれ。幼い頃から道場で剣術を習っており、18歳で免許皆伝を授けられる。だが、2才年下の後輩に負けて道場を辞めると、冒険者として登録し、【B】ランク冒険者として“追撃の剣士”の二つ名でパーティー名“殲滅の鷹”のリーダーとして10年ほど活躍。4年前にレーム伯爵領にあるダンジョン攻略中にドラゴンと遭遇してパーティーが壊滅。それ以降はパーティーを組むこともダンジョン攻略する事もなく、護衛や傭兵として生計を立てる。最近はブラートの護衛として高額で依頼を受けており、リョージ伯爵との戦闘で一騎打ちの末に捕縛された。って書いてある。なあ、この報告書の中で質問があるんだが?」


「俺の経歴をそこまでよく調べたな。まあ、あんたの質問なら全てに答えるぞ。ブラート隠し財産の事か?」


「レーム伯爵領にダンジョンあるの?」


「そっちかよ!ブラートの隠し財産はいいのかよ!」


 亮二の質問に思わずツッコミを入れたが、亮二からは「隠し財産よりダンジョンでしょ」との返事が返ってくるのだった。


 ◇□◇□◇□


「まあ、隠し財産は全て把握してて、回収済みなんだけどね」


「じゃあ後は、俺とブラートの公開処刑か?」


 ビトールが笑いながら質問すると、亮二も負けないような笑顔で返事を返した。


「公開処刑なんかして、俺に何の得があるんだよ?処刑される直前で命乞いされたら見苦しいし、お前はともかくブラートは間違いなく命乞いするじゃん。それに、こっちの調査じゃ、お前達は本当にブラートの護衛しかしてないじゃん。裁判しても極刑にはならないよ?なんで公開処刑されるなんて、自分の命を軽く扱ってるの?」


「俺は、剣術で生きていくことが出来ずに、冒険者としても失敗した。最後の最後で、あんたと一騎打ちが出来て満足したから思い残すことはねえ。だが、あいつらは人生に失敗して落ちる所まで落ちてから俺に縋り付いてきた奴らだ。俺と違ってまだやり残した事があるはずだ。お願いだ。リョージ伯爵!俺はどうなってもいいから、あいつらは!あいつらだけは助けてくれ!」


 亮二が返してきた質問にビトールは最初は笑いながら話していたが、最後は泣きそうな顔で亮二に必死になって訴えかけてきた。亮二はその様子を眺めながら、暫く考えると軽く頷いて話し始めた。


「よし!じゃあ、取引だ。俺がお前達をまとめて買う。その金額を返すまでは俺の奴隷だ。この南部では面が割れてるから無理だろうから、北部の地域を守るための巡回兵の隊長に就任してもらう。部下はそのまま使え。ただ、部下たちにも奴隷契約を結んでもらう」


「そんな事でいいのか?俺達がしてきた事は護衛だけとはいえ、悪事の片棒を担いでたんだぞ?」


「あぁ!もういい!その話は決着が付かない!ビトールはどうしたいんだよ!俺の話に乗るのか乗らないのか?今の気持ちはどっち!」


 同じ繰り返しに亮二が若干キレ気味に話すと、ビトールは目を瞬かせながら「本当にいいのか?」と呟いた。亮二が迷惑そうな顔で「くどい!」と言い切ると、ビトールは片膝を付いて「この身が朽ち果てるまで生涯の忠誠を誓います」と亮二に頭を垂れるのだった。


 ◇□◇□◇□


 旧レーム伯爵領南部の町や村に立て札が上がった。


 “南部の代官を務めていたブラートにおいては、決められた税金以上を民から徴収し庶民の生活を苦しめていたのを受け更迭した。2週間以内に代わりの代官を派遣する事とする。また、過剰に徴収した税金については一人ひとりに返却できないため、ため池の築造や街道整備、食糧不足地域への配給等に充てることとする。また、増税されていた地域に関しては正常の税金に戻し、3年間は減税処置をとり行う事とする。リョージ=ウチノ伯爵”


「おぉ!って事は、もう高額の税金を払う必要がないんだな!」「俺は村に戻って、ため池の候補地を探してリョージ伯爵に作ってもらう為の相談をしてくる!」「こっちの村は街道が整備されて無くて馬車を引くと壊れちまうから、整備をお願いしてみるわ!」


 人々は亮二から提案された立て札を読みながら、苦しかった現状が解消される事を理解すると歓声を上げながら明るくなるであろう未来を想像して笑顔になるのだった。

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