第115話 謁見でのひと騒動 -王の前で戦いますね-

 亮二が牛人の魔石を持ってマルセル王に近付こうとすると先ほどの貴族が剣を抜いて亮二の前に立ち塞がった。


「マルセル王の御前で抜剣は無いんじゃないかな?」


「うるさい!貴様のような平民如きが英雄などと詐称するのは我慢ならん!貴族に対する敬い方を教えてやる!」


 亮二は取り敢えず牛人の魔石をストレージに仕舞うと、目の前で剣を構えている貴族を眺めた。怒りで顔は真っ赤になっており、目も血走っていて冷静さの欠片も見当たらない。ただ、剣を持つ手は握りしめているわけでは無く、いつでも切り掛かれるようにしており修練は積んでいる事は窺えた。


 -どうすんだよこれ。王の前で剣を抜いたら不敬罪だよな?魔法をぶっ放すにも周りに人が居過ぎるし、流石に殺しちゃダメだよな?手の内を晒したくないから取り敢えず避け続けるか-


 考え事をしている亮二に対して無視をされていると感じた貴族は「舐めるな!」と叫んで鋭い突きを放ってきた。亮二は半身になって突きを躱すと肘鉄を相手の額に打ち込んだ。


「ぐがぁ!」との叫び声と共に転倒した貴族に向かって少し距離を取ると静かに語りかけた。


「思わず攻撃しちゃったけど、もう止めといたら?俺、争い事は嫌いなんだよね」


「ふざけるな!たまたまこちらの攻撃を躱した程度で勝った気になるな!」


 倒れていた貴族は剣を拾うと再び構えて斬りかかってきた。亮二はため息をつきながら剣を躱すと「警告したからな」と言い放ち右手を構えて防御の姿勢を取るのだった。


 □◇□◇□◇


 マルセル王の前で始まった闘いは15合目の一撃を貴族が放ったのをバックステップで亮二が躱した所で貴族が息を整えるために距離を取ったので一区切りがついたように見えたが、未だに剣を抜かずに回避する亮二に列席者は戦闘能力の高さを感じていた。


「リョージよ。なぜ剣を抜かん?」


 玉座の横からハーロルトが声を掛けて来た。亮二は肩をすくめると、「俺の国では御前で剣を抜いてはダメなんですよ」と答えるとマルセル王から笑い声が起こった。


「安心しろ、リョージよ。我が国でも例外を除いて王の前で剣を抜いてはいかん。儂が命令しない限りはな」


 マルセル王は玉座から立ち上がり「許す、抜剣して不逞な輩を捕えよ」と威厳のある声で亮二に命じた。


「御意」


 亮二は短く答えるとストレージから”コージモの剣”を取り出し、貴族に対して笑顔で語りかけた。


「これで心置き無く戦えるね。OKが出たから捕縛させてもらうよ」


「躱してばかりのお前に何が出来る!剣を持ったくらいで強がるな!俺の切り札を見せてやる!」


 貴族は剣を正眼に構えると「我が盟約に従いその義務を果たせ。かの敵を焼き払わんと我は欲する」と唱えると上段から剣を振り下ろした。


「なっ!」


 剣先から炎の鞭が亮二に向かって襲い掛かってきた。亮二は慌ててサイドステップで躱したが、炎の鞭は方向を変えると亮二を追って攻撃をしてきた。


「我が家宝の”ファイヤーウィップ”からは何者も逃げられん!」


「剣なのにウィップなの?」


 勝ちを確信した貴族の台詞に対して亮二が突っ込んだ内容が聞こえていた何名かから失笑が起こった。


「我が家宝を愚弄するな!」


 激怒した貴族から更なる攻撃がやって来たが、亮二は【氷】属性付与を二重で行うと炎の鞭の先端を切り落とした。驚愕している貴族の隙をついて連続で剣を振るい、鞭の長さを短くしていく亮二に対して魔力を注いで必死の形相で長さを戻すと攻撃を続けた。


 そんな貴族を嘲笑うかのように亮二は炎の鞭を切り刻み続け、遂に魔力切れを起こして膝をついた貴族の首元に剣を突き付けると「飽きたし、そろそろ終わろうよ」と語りかけた。「飽きた?」亮二の台詞に対して呟いた貴族は虚ろな目で剣を手放すと上を向いて乾いた笑いを続けるのだった。


 □◇□◇□◇


「其の者を連れて行け」


 圧倒的な戦闘能力を見せ付けられ、静まり返った謁見の間にハーロルトの声が響いた。ハーロルトの命に従った衛兵が貴族を何処かに連れ去って行くのを見届けると、亮二は”コージモの剣”をストレージに収納して、代わりに牛人の魔石を取り出すと玉座の前までやってきた。さすがに玉座まで上がる訳にはいかないと考えた亮二は「礼節 7」のスキルを使って完璧な所作で跪いて文官が受け取りに来るのを待った。


「よい、ここまで持って参れ」


 マルセル王の声に- 俺の気遣いは? -との心の声をなんとか抑えて立ち上がると、玉座に上がり改めて跪いた。


「先程の決闘の勝利見事であった。後程、両名には儂から褒美をやろう」


 マルセル王の言葉に亮二と戦った貴族が所属する貴族派の者から安堵の溜息が起こった。王としては狼藉ではなく、名誉ある決闘として対応しても良いとの言質を得たからである。亮二から「かしこまりました」との答えを聞いたマルセル王は声を落として亮二と周りの数名にだけ聞こえる声で話し始めた。


「ところでリョージよ。”盤面の森”を攻略した感想はどうじゃ?」


「なんの事で御座いましょうか?」


「王家に伝わる魔道具に反応が有っての。攻略者の名前がそちになっておるのじゃ。残念ながら我がご先祖様は抜かれてしまったが、別にその件で責めたりはせんから安心するが良い」


 マルセル王はポーカーフェースを貫いている亮二に対して苦笑を浮かべると、声のトーンを戻して周りにも聞こえるように話し出した。


「牛人の魔石を確かに受け取った。そうそうリョージよ。エレナがお主と話がしたいと言っておったので、この後で少し時間を融通してやってくれ。良いの?ユーハンよ」


「もちろんで御座います。姫さまのお相手をしっかりするのだぞ、リョージ」


 余裕の無いユーハンはそう答えるのが精一杯であり、後ろからマルコが「おい!リョージを1人で行かすな!」と必死に語りかけている事に気が付かないのだった。

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