第81話 激動の2日間 -洞窟にはまだ入ってないんですけどね-
“試練の洞窟”に突入するまでの2日間を亮二は精力的に動いていた。
コージモへの剣の作成依頼と必要費用を屋敷に前払いをして貰う為の手紙作りや、ユーハンへの駐屯軍標準装備導入の働きかけをマルコ経由で行った。駐屯軍に対しては属性付与や衛生管理、集団戦闘に関する講座の開講、戦場食の開発や食事の改善。深部調査で共同戦線を張るパーティーとの連携の打ち合わせや探索チームへの生存確率向上訓練など。さらには駐屯地自体の業務効率化や経費削減対策など多岐に渡っていた。
気が付けば、亮二は駐屯地に居る全ての人と交流を持っており、駐屯地の経営を実質的に行っている状態になっていた。
「だぁ!忙しいぞ!」
思わず書類の山から顔を上げて叫んだ亮二に対して、カレナリエンは呆れた顔で「当たり前です」と言わんばかりの顔で頷いた。
「あれだけやれば当然ですよね?分かっててやってるとばかり思ってましたよ」
「そんな訳無いじゃん!やる事全てが目に見えて効果が出るから、調子に乗ってやってたらとんでもない量になっただけだよ」
ペンを咥えながら「めっちゃテンプレな展開じゃん。実際に自分がやるとなるとこんなに大変だとは思わなかった」と呟いている亮二の独り言を聞きながら、部下のために自分の命をかけても構わないと言い切った部隊長の心意気に共感して奮闘している亮二を呆れ顔から笑顔に変化させながら見つめていた。
「何?どうしたの、カレナリエンさん?」
「別になんでも無いですよ。私の未来の旦那様は素敵だなって」
突然、カレナリエンから笑顔で言われた亮二は面食らったように瞬きをすると、窓を見る振りをして視線を外すと大きな声で手を止めているカレナリエンに注意を行った。顔が真っ赤だったので照れ隠しである事を全く誤魔化せていなかったが。
「と、とにかく忙しいんだから、カレナリエンさんもしっかりと働いてよね!」
「もちろんです。部隊長の為にも頑張りませんとね」
くすくす笑うカレナリエンに対して、仏頂面をしようとしたが上手くいかずに苦笑を浮かべる亮二だった。
□◇□◇□◇
「リョージさんからの手紙?渡した剣に何かあったのかな?」
コージモは手紙を開けながら内容について色々と考えていた。
「まさか剣が折れた?いや、魔道具とフックの部分が壊れたのかな、確かにあの部分は一番脆いからな。それとも「さきごめじゅう」に不具合でもあった…」
独り言のように原因を呟きながら手紙を開けていたコージモが内容を見て固まってしまった。シーヴがコージモの工房に入ってきたのはそんなタイミングだった。
「あれ?お父さんどうしたの?手紙見て固まってるけど」
「あ、あぁシーヴか。どうしたんだい?いや、それよりも聞いてくれ!武器作成の依頼が来たんだよ!しかも大量に。どこからだと思う?」
「リョージ様からでしょ?お父さんにお金を渡すようにメルタさんから言われたから持って来たよ。あちこちの支払いに使ってくれって伝言も預かってるよ」
コージモは愛娘から皮袋を受け取ると机の上に硬貨を広げて数え始めた。
「え?こんな金額見たこと無いんだけど」
シーヴの呟きにコージモは同意するように頷くと、金貨の枚数が300枚である事を確認して盛大なため息をついた。
「一本金貨3枚か。1日2本作るペースで100本作るのなら妥当な金額だな。修繕や調整もうちが独占できるって事だから3ヶ月後には黒字確定だな」
コージモはリョージからの手紙に書かれていた文章を再度読み直した。
“ 駐屯軍の為に魔道具として分離しない属性付与が出来る剣を100本作成よろしく!メンテも全部、コージモさんに頼むように言っといたから弟子を早目に育てたほうがいいよ!あと、出来るだけ早く作ってね ”
「この“めんて”ってのは修繕の事だろうな。明日にもギルドに行って3人ほど弟子募集の依頼を出すか」
余りの大金を見て自分の横で固まったままで「金貨300枚なんて大金を1人で運ばせないで下さいよ、メルタさん」と呟いている愛娘を不憫に思いながらも、コージモはこれから本職として最高の環境で忙しくなる未来の自分に「腕が鳴る」と決意を新たにするのだった。
□◇□◇□◇
「どうした、マルコ?”試練の洞窟”に行ってるんじゃ?」
不思議そうな顔をしてユーハンはマルコに話しかけた。本来ならここに居るはずのない人物が目の前にいたからである。
「駐屯地の件なんだけどな、ユーハン」
マルコの深刻な顔に緊急事態が発生したのかと全身で身構えてマルコからの続きを待った。
「リョージが駐屯地経営を始めた」
「は?」
切れ者と評判のユーハンからは想像も出来ないような間の抜けた声に、マルコは力強く「分かるぞ」と頷きながら亮二が行なっている内容の詳細説明を始めた。
「なるほど。あまりの内容にマルコの頭がおかしくなったと思ったが本当の話のようだな。部隊長からも同じ内容の手紙が来てるからな」
「いや、さすがにそこは兄の事を信じろよ」
「無理に決まってるだろ?一介の冒険者が駐屯地経営をして1日で効果が出始めましたなんて誰が信じる?」
受け入れるしかないと諦め気味のユーハン伯に「確かにな」と言いながらマルコは真剣な顔で話し始めた。
「どうするよ、ユーハン」
「どうするって全部許可するよ。この報告書だけでも他でも活用出来る施策が山盛りなんだぞ、領主としては止めさせる理由がない」
「そうじゃなくて、どっか領地をリョージに任せるのはどうだって話だ」
ユーハンはマルコからの提案の”王立魔術学院に行って貴族とのパワーバランスを崩す”か、”領地を経営させて辺境領を発展させる”か、を心の中で比べてみた。ユーハンにとってはどちらも魅力的な話でありしばらく悩んでからマルコに答えた。
「取り敢えず、この件は一旦保留だ。家臣団とも話をして結論を出そう」
贅沢な悩みにユーハンはそう結論付けるとソファーにもたれて吐息をつくのだった。
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