第64話 装飾店での協奏曲 -イベントは突然発生しますね-
宝飾店は貴族街と言われる区域にあり、店の前には警備員が配置されていた。警備員は亮二とカレナリエンが手をつないでやってくるのを見付けると、微笑ましそうに眺めながら店に入れるように扉を開いてくれた。中に入った2人が店内を眺めると思ったよりも広々としており、コの字型に並んだショーケースに収められてある宝石や宝飾品類を眺めている購入客と思しき男性が店員と思われる女性と宝飾品についてのやり取りを行っていた。
「いらっしゃいませ。本日はどの様なご用件で?」
2人で並んでいる宝石や宝飾品を見ていると店長らしき人物が2人に近付いて声を掛けてきた。
「彼女にボーナ…特別報酬として宝石か宝飾品を買おうと思って来たんだけど、何か良いのあるかな?」
「こんなに高い店のじゃなくても全然いいんですよ。露天にあるネックレスを買って頂ければ」
亮二が店主に相談をしようとすると、カレナリエンが値段を見て若干青ざめた顔をしながら「店を出ましょう」と言わんばかりに袖を引っ張っていた。
- 転生して初めて宝飾品店に入ったけど、カレナリエンにカッコ悪い所は見せられないよな。ボーナスって言ってるしここは「バチッ!」と張り込むとしよう。ひょっとしたらカレナリエンに『きゃぁ!リョージ様ステキ!結婚して!』って言われるかもしれないしな -
「大丈夫だよ、カレナリエンさん。この前の”試練の洞窟”で得た報酬と討伐した魔物を売ったから結構所持金はあるし、これからもお世話になるからその分も含めて贈らせて貰えるかな?」
「そうですよ、お嬢様。男性が『自分の為にもっと綺麗になって欲しい』と思い、贈るのが宝石や宝飾品なのです。それを女性が否定しては男性の思いが無駄になってしまいます。貴方に会うために待っていた“この子達”を見るだけでも結構ですのでご覧いただけませんか?」
亮二と店長らしき人物から説得され、そもそも宝飾品が好きなカレナリエンは困った顔で頷きつつも視線は宝飾品に惹かれていき、ショーケースから出された“店主お勧め”らしき逸品を店長らしき人物からの説明に徐々に笑顔が戻ってきた。
「店長、少し宜しいでしょうか?」
「ん?申し訳ありません、お客様。少しだけ席を外させていただきますね。それまで、彼女に言って頂ければ商品をお出し出来ますので」
店長らしき人物は「やっぱり店長だったな」と納得顔を受けている亮二に対して店員の女性が話しかけてきた。
「色々と御覧頂いているようですが、なにかお気に入りの物は御座いましたか?」
「どう?カレナリエンさん。何か気に入ったのは有った?」
亮二と女性店員から視線を向けられたカレナリエンは動揺してしまった。
「え、そんな事を急に言われても。見てるだけで幸せなんですけどね。だってこんな店に入るの初めてなんですから」
「え?そうなの?てっきり宝飾店に行きつけになってるんだと思ってた」
「それはもっと手頃なお店ですよ。私の稼ぎではこんな高級店に入れる訳ないじゃないですか!」
ちょっと涙目になっているカレナリエンを見て亮二の方がパニックになってしまった。
「な、何で涙目になってるの?どうしたら良いの店員さん!」
「それはやっぱりお客様から何か贈られるのが一番かと」
いきなり亮二から救いを求められた女性店員は無難な回答をして亮二に責任を押し付けた。ニコニコと笑顔で“あなた次第ですよ”と言わんばかりの女性店員と高級品を目の前にして、どうしたら良いか分からず涙目になっているカレナリエンを前にして、混乱している亮二に背後からそっと「指輪などはいかがでしょうか?冒険者の方なら魔力付与されている指輪も人気ですよ」と声が聞こえてきた。
「そうだ、店長さん。彼女は冒険者なんだけど、何か魔力付与されている指輪とか無いかな?」
店長に囁かれた内容は亮二以外にはカレナリエンにも聞こえていなかったようで、店長の能力に驚きながらも助言に感謝して指輪を指定して商品を出してもらった。
「こちらなどは如何でしょう?付けて頂くと基本的な性能として詠唱速度と精度が上がる指輪になっております。また、付ける宝石や魔石によって様々な効果が追加されます」
「でも、この指輪に宝石とかを付ける場所が無いよ」
亮二が指輪を眺めながら店長に質問をすると、店長は「よくぞ、その質問をして頂きました」と言わんばかりの笑顔で答えた。
「こちらの指輪は魔道具になっておりますので宝石や魔石を装着すると中に収めてくれます。料金は少しばかりお高くなりますが如何されますか?」
「ちなみに、金額はどの位なんですか?」
「金貨500枚になります」
さらっと金額を述べた店主に驚愕の顔を向けたカレナリエンに気付かず亮二は「買った!」と笑顔で告げた。
「ちょ、ちょっとリョージ様!さすがにその金額は高価すぎますよ。リョージ様が壊した魔力測定器よりも高いですって!」
「大丈夫!それ位、手持ちであるから」
亮二はそう告げるとストレージから宝石(中)を2つ取り出すと店主に手渡した。亮二から宝石を受け取った店主は自分の手の中で光り輝く宝石(中)2つを眺めて感嘆の吐息を出した。
「リョージ様?この宝石をお支払いに利用されますか?」
「足りる?」
「もちろんでございます。1つで十分でございます。では宝石と装着用の魔石のお支払いとして利用させて頂きます」
店長は宝石(中)を1つのみ預かると、もう一つは亮二に返却した。カレナリエンは驚愕の顔のままで固まっており、女性店員は羨ましそうな顔で「お金持ちって凄い」と呟いていた。
「リョージ様、装着の魔石は【風】属性を持つ物でよろしかったでしょうか?カレナリエン様は風使いでも有名ですのでお似合いかと思われます」
「じゃあ、それで。カレナリエンさんもそれで良かったですよね?」
「え?は、はい。私は風使いで有名ですよ」
亮二と店長のやり取りの間に質問してもおかしな返事しか帰ってこないカレナリエンに不思議そうな顔をしながらも、店長から【風】属性をもつ魔石が収納された指輪を渡されると、ご機嫌な顔でカレナリエンの方を向いて語りかけ始めた。
「カレナリエンさん、これからもよろしくお願いします。この宝石を受け取ってもらえますよね?」
亮二は店主から受け取った指輪をカレナリエンの右手を取って薬指に嵌めた。亮二に指輪を嵌められたカレナリエンは真っ赤な顔をしながら指輪を見つめて、手を握ったり開いたりしながら指輪の感触を確かめると、輝かんばかりの笑顔で亮二を見てはっきりとした声で伝えてきた。
「はい!もちろんです!喜んでお受けします。これからも末永くよろしくお願いします!」
- ん?喜んでお受けします?ボーナスとして渡したのにカレナリエンさんは何でこんなに真っ赤な顔をしてお礼を言ったんだ?なんか周りのお客さんもこっちを見てて「さすが”ドリュグルの英雄”はやることが豪快だな」とか「一度は言われたい状況よね。こんな公衆の面前で結婚の申し込みをするなんてさすがはリョージさんだわ」とかが聞こえるんですけど… -
亮二が戸惑っていると、店主が感動した面持ちで拍手をしながら女性店員や周りで亮二達を眺めていた客に対して語りかけ始めた。
「私は感動に震えています。さすがは”ドリュグルの英雄”のリョージ様です。結婚の申し込みを私の店でして頂けるとは!結婚式を挙げられる際は私にもぜひお声掛け下さい。大喜びでお祝いに駆けつけさせて頂きます。今は何か用意が出来ている訳では有りませんので、拍手を送らせて頂いても宜しいでしょうか?もしよろしければ皆さまもご一緒にお願いします!」
店長が拍手をし始めると、女性店員やお客が一緒に拍手をしながら「おめでとうございます!」「感動しました!」「英雄の結婚の申し込みに立ち会えるなんて素敵!」「よし!俺達も結婚しよう!」と祝福の声が上がった。カレナリエンは嬉しそうに真っ赤な顔のまま笑顔で祝福を受けると亮二に近づき小さな声で囁いた。
「ボーナスって結婚の申し込みの事だったんですね。てっきり仕事の特別報酬の事だと思い込んでいました。今日の特別な日を私は一生忘れません!」
嬉しそうにしているカレナリエンに対して - カレナリエンさん、勘違いではなくてボーナスは仕事の特別報酬の事なんですよ - とは言えない亮二であった。
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