第65話 ギルドでのお花畑 -嬉しさと戸惑いが混じってますね-

 亮二を訪ねて来たマルコが見たのは机に頭を付けて呻いている亮二の姿だった。


「どうした? リョージさんよ」


 マルコの気軽な声を聞いて少しだけ頭を上げて亮二だが、また机の上に頭を付けて深い溜息をついていた。


「なあ、マルコ。俺って鈍感系の主人公だったみたい」


「は? 『どんかんけいのしゅじんこう』ってなんだ? 相変わらず何言ってるか分からねえな、お前の話は」


「だって、そうだろ? 仕事を頑張ってくれたカレナリエンさんにボーナスを渡すつもりで宝飾店に連れて行って、一緒に宝石を見てたらカレナリエンさんが泣きそうになって、店長の薦めで指輪を買って右の薬指につけたら結婚することになってたんだ。何言っているのか俺も分かってないんだけどな!」


 亮二の呻くような告白にさして驚くこともなくマルコは亮二に「おめでとう」と祝福の言葉を伝えた。


「ちなみに右手の薬指に指輪をつけるのは『結婚して下さい』って意味だぞ。お前の国では違うのか? え? 左手の薬指? なるほどね、右手は恋人に送る時なんだな。まっ、もう取り返しが付かないが次からは気をつけてな」


 マルコのアドバイスに若干、切れながら「次なんて無いよ!」と叫ぶ亮二の答えを聞くと、マルコは次の話題を嬉しそうに亮二に話しだした。


「ちなみに、お前さんがカレナリエンに結婚の申し込みをしたって話はすでにドリュグルの街で一番の話題になっているぞ」


「え! なんで? どこから、そんな話が漏れ…あぁ、店に買い物に来ていたお客さんが何人もいたな」


「ああ、そこから情報屋が話を嗅ぎとって号外として街中に配りまくっているからな」


 マルコの情報に疲れた顔をしながらも、納得した顔で頷くと顔を上げて気持ちを切り替えるように背筋を伸ばし始めた。マルコは宝飾店での結婚の申し込みをした話は聞いたが、亮二がどの位の指輪を贈ったのかは聞いてなかったので軽い気持ちで聞いてみた。


「ちなみに、カレナリエンにどの位の指輪を贈ったんだ? お前なら金貨50枚くらいか? 本来なら1ヶ月で稼ぐ金額が目安って言われてるけどな」


「色々と経費込みで金貨500枚」


「は? 金貨500枚? は? お前何言ってるんだ? 金貨500枚なんてどっから調達してきたんだよ?」


「手持ちで持ってた」


「手持ちで持ってたって…。そう言えば冒険者として登録する時に宝石を10個出してたな。それにしてもお前、どんだけ金持って家を出たんだよ。金貨500枚なんて上級貴族でも一括で払えないぞ?」


 亮二の回答に呆れながら「リョージだから、これ位は仕方がないな」と呟くと亮二の金銭感覚についてはツッコまないように心に誓うのであった。


 ◇□◇□◇□


「にゅふふうふふ」


 カレナリエンはいつもの様に昼からギルドの受付業務をしているが、周りから見ると頭の上にお花畑が1ダースほどある様に見えた。


「ちょっと、カレナ。リョージ様と魔術師ギルドに行ってから何か変よ? 何か有ったの?」


「にゅふふうふふ。有ったのだよメルタ、私はこの思い出だけで1週間は飲まず食わずでも生きていけるわ!」


 メルタの質問に笑顔が絶える事なく返事をしたカレナリエンを不思議そうな顔で見ると、ふとカレナリエンの右手に視線がいった。


「ちょ、ちょっと、カレナ? その右手の薬指にある指輪は何?」


「え? 見えちゃった? 実はこれ貰ったの」


「ま、まさかリョージ様じゃないよね?」


 声と身体を震わせながら質問したメルタに一番聞きたくない答えが耳に届いた。


「そうなのよ!リョージ様が宝飾店に連れて行ってくれて指輪を買ってくれて『これからもよろしく。受け取ってくれるよね』って言ってくれたの!」


 カレナリエンが嬉しそうに指輪を見せながらメルタに報告した丁度その時に、ギルドの扉が勢い良く開いてバルトロメインが2人の前までやってきた。


「カレナリエン!リョージからの結婚の申し込みを受けたって本当か!」


「どっからその話を聞いたの?」


「街中で噂になってるぞ!宝飾店でリョージがカレナリエンに結婚の申し込みをして、その指輪の価値は金貨300枚って!本当なの…「バルトロメイン!」」


 興奮しながら話すバルトロメインに向かってカレナリエンは途中で話を遮ると説明を始めた。


「結婚の申し込みを受けたって話は本当よ。1個違う所があるんだけど、指輪の値段は金貨300枚じゃないわよ。でも指輪の金額じゃなくてリョージ様に結婚の申し込みをされたから喜んで受けたのよ。だって、優しいし、強いし、若いし、一緒に冒険にも行けるしね。もちろん、リョージ様がまだ成人してないから後2年は婚約者としてだけどね」


 顔を真っ赤にしながら説明するカレナリエンの嬉しそうな顔に愕然とすると、肩を落しながら酒場スペースに移動して酒を飲み始めたバルトロメインに周りの冒険者達が肩を叩きながら励ましていた。


「諦めろ、バルトロメイン」


「リョージが相手じゃ無理だろ」


「”ドリュグルの英雄”で金も持ってるんだぞ。指輪も金貨300枚じゃなくて金貨1,000枚って噂もあるぞ」


「え? そうなの? じゃあ、私も狙おうかな?」


「やめとけ、カレナリエンにぶっ飛ばされるぞ」


 最初はバルトロメインを慰めていた冒険者も酒が進むにつれて亮二とカレナリエンの結婚の申し込みの話を肴にしながら宴会を始めるのだった。

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