第二話

 司は迷いなく進む男の後を付いて歩いた。


「どこ向かってんだあんた」

「海翔くんのいるところさ」

「だからそれはどこなんだよ!」

「海翔くんが行きそうなところさ」

「……そうかよ」


 会話は諦めよう。司はそう判断し、再びされるがままになった。

 暴れても反論しても、空中で抱きかかえられている司に勝ち目はない。大人しく空中散歩を楽しむことに頭を切り替えた。

 そのままビルの中を飛んで回ること五分。これ以上は危険だからと足を踏み入れずにいた下り階段に辿り着いた。下は月明りも届かないようで真っ暗だ。電気が通っていないから手元に灯りが必要だが司の手元には何も無い。


「あんた灯りになるもの持ってないか?」

「魔法ならあるよ」

「懐中電灯でいいんだけど」

「そんなしょぼい物はないよ。魔法を使おうよ」

「あんたが使う分には構わないよ。俺は使わないから借りない」

「おや、賢い子だ。では僕が僕のために使うから君はひよこのようについておいで」

「はいどーも」


 貸し魔法屋の男は自らピヨピヨと鳴きながら天球儀に手を掛けた。

 そしてカラカラと回すと男の手のひらに光の玉が現れた。それは懐中電灯なんかよりもずっと明るくて、ここだけ月が沈み太陽が昇ったようだった。


「それが魔法?」

「そう。でも使い捨てだからサクサク行こう」

「使い捨て? 切れるのか?」

「尽きるんだよ。電池だって尽きるだろう」

「魔法なのに尽きるのか?」

「貸し魔法屋だから尽きるんだよ」

「あんた説明する気ないだろ」

「説明する義理も義務もないのだもの」

「ああそうかよ」


 会話は諦めよう。二度目となる誓いを立て、ピヨピヨと鳴く男の後ろを付いて行った。

 階段を二階分降りると急にぽっかりと空洞が現れた。何かのホールがあったのかもしれないが、元々このビルに住んでいたわけではない司にはここがどういう空間なのかが分からなかった。


「ここに海翔がいるのか? 何だよここ」

「知らんよ。あとでフロア案内でも見ておいで。重要なのはここに何があるかだ。見てごらん」

「何だよ。何があ――な、何だここ!」


 貸し魔法屋の男が光の玉を天井に向けてぽいと放り投げると空中にふよふよと浮いた。

 するとフロア内が隅々まで照らされそこにある物が全て見えてきた。そこに広がっていたのは稲穂だった。奥には林檎が生っていて、まるで農家のようだ。


「ふむふむ。こりゃあ立派だ」

「生活できるじゃないか! あ! これあんたが魔法で!?」

「残念ながら違うよ。だってほらあそこ」


 男がピッと指を刺した先には誰かが横たわっていた。眠っているのだろうか、ピクリとも動かない。


「海翔!?」


 きっと海翔だ、と司は駆け寄った。だが近付くにつれひどい腐臭がして思わず顔を覆う。

 そしてさらに近付き気が付いた。匂いの元は横たわっているものからだった。


「死んでる……!」

「死んで放置したらそりゃあ腐るさ」


 そんな、と司は膝をついた。こんな緑がありながら腐るほど放置されていたのかと思うと悔しくて拳が震えた。

 しかしその時、遺体の傍で光るものがあった。


「スマホ?」

「お電話かい?」

「……変だ。電池残量が七十パーセントもある」

「それがなんだい?」

「これはフル充電で半日も持たない。起動してすぐ死んだとしても三十パーセント分、つまり三時間かそこらしか経ってない。三時間でここまで腐るか?」

「僕は医者じゃないから分からないよ。それよりあっちにも誰かいるよ」

「海翔か!?」

「いやあ、横になってるあたり期待できないね」


 司は男の声は聞かず駆け寄った。

 生きていてくれと思いながら走ったが、すでに腐臭が届いていた。

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