第三話

 司はフロア中を駆け回った。

 結局生きている人間は一人もいなくて、腐った遺体ばかりが十人ほど見つかった。


「おい! これ魔法なのか!?」

「何の魔法だい?」

「それを聞いてんだよ! 昨日までみんな元気だった! 何かの魔法で腐ったんだろ!」

「僕に言われてもね。そんなの本人に聞いてくれたまえ」

「本人?」

「魔法をかけた本人さ」


 男が天球儀をカランと回すと手のひらに再び光球が現れ、野球選手のように美しいフォームで一角の稲穂に光球を投げつけた。すると一帯の稲穂は熱に負けたのか、燃えることなく灰になっていく。

 そして稲穂の中から一人の男が姿を現した。それは司と貸し魔法屋の男が探していた海翔だった。


「海翔! よかった! 無事だったんだな!」 

「司。どうしてそいつと一緒なんだ」

「偶然出くわしたんだよ。ああ、そうだ。こいつもお前を探してるって……」


 司は海翔の手を握ろうとしてぴたりと動きを留めた。

 さっき貸し魔法屋の男は何と言っていただろうか。


『そんなの本人に聞いてくれたまえ』


 魔法をかけた本人に聞けと言った。

 人が死に腐らせたこの醜悪な魔法をかけた本人に聞けと。


「……魔法貸し。あんた何で海翔を探してたんだよ」

「やあやあ。鈍い子だね」


 貸し魔法屋の男は司の襟首を掴んで手繰り寄せると背に隠した。そして天球儀を回すと幾つもの光球が現れ、それはずらりと海翔を囲んだ。


「海翔!!」

「海翔くん。僕の魔法を返してもらおうか」

「魔法? 何だよ。どういうことだよ」

「この子は僕の魔法を奪って逃げたんだよ。そして使った結果があの遺体さ」

「魔法って誰でも使えるのか!? あんたがいなくてもいいのか!?」

「使い方を理解していれば使えるよ。貸し魔法屋の魔法はただの道具だからね。代償さえ払えば使える」

「何だよ代償って。金か?」


 貸し魔法屋の男は天球儀を手に取り司の目の前でカラカラと回した。パチパチと小さな火花が散っていて、星座の物語を歌っているかのようだ。


「人生だよ。人生を貰うことでそれと等価の魔法を貸す」

「……寿命が縮むのか?」

「違うよ。未来の選択肢を貰うんだ」

「わ、分からない。分かるように言ってくれ」

「人には未来がある。君が成長したら医者になるか弁護士になるか、なんにでもなれるね。でも代償として医者になる人生を払うと君は一生医者にはなれなくなるというわけだ」

「それだけ?それだけで魔法を使えるのか?」

「おや。そんな簡単なことじゃないよ。例えば代償が呼吸できる人生だった場合、即死ぬよ」

「死――……」


 ふと司の脳裏に尋常ではない速度で腐ってしまった遺体が浮かんだ。

 あれは魔法によるものだと貸し魔法屋の男は言った。

 代償で死ぬこともある。

 だが代償を払えば魔法が使える。例えば魔法で大地を蘇らせることもできる。


「あんた、みんなに魔法を貸したのか!?」

「僕は貸してないよ。誰かがまた貸ししたんだ」

「誰か!? 貸し魔法屋っていっぱいいるのか!?」

「本当に鈍い子だね。僕から魔法を奪った奴が代償の説明をせず使わせた。だから死んだのさ」

「――は?」


 貸し魔法屋の男は海翔が魔法を奪ったと言っていた。

 司は震えながら海翔に目をやると、海翔はクスッと笑った。


「代償は誰の人生でもいいんだよ」


 いつもの優しい柔らかな笑顔はどこにもなかった。

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