第一話

 つかさは新宿辺りと思われる場所のビルに住んでいる。

 高層ビルが多かったので水没しなかった建物も多く、かなりの人数がこの近辺に住んでいた。昨日までは。


「沈んだ……」


 ごおっというすさまじい音と揺れで目を覚ますと、いくつかのビルが姿を消していた。どうやら大きな波が来て住んでいた人間ごとビルが沈んだようだった。

 恐怖でカタカタと震えると同居人の海翔かいとがぎゅっと抱きしめてくれる。

 海翔は司より五歳ばかり年上で、まだ未成年である司の保護者代わりになってくれている。二人は家族を亡くした者同士、身を寄せ合って暮らしている。


「こんな時間に崩れるなんて……」

「……寝る時間ずらして見張りしたほうがいいかもね」


 今はまだ月明りだけが頼りとなる時間で、人々はぐっすりと眠っていたはずだ。

 起きて屋上にいたのならまだしも、フロアで眠っている最中では逃げる余裕もなかっただろう。


「下の様子見てくるから司は屋上に行ってて」

「駄目だ! 下は危ない!」

「このビルが大丈夫か確認するだけ。あ、上の階だけ確認しといて」

「海翔!」


 海翔は司が止めるのも聞かずに階下へ向かった。

 確かにこのビルには他にも人がいるから安否確認をした方がいいかもしれないが、それを海翔がやる必要は無い。

 しかしこういう時いつも海翔は自らビルを駆け回り怪我人がいたら手当てをして回る。正義感が強いのは海翔の良いところだが、波が来た直後くらいはじっとしていて欲しいと思わなくもない。

 司は仕方なく言われた通り上の階の確認をした。といっても住人は居ないし、あるのは使っていない倉庫と屋上への階段だけ。ようするに司は安全な場所に非難してろということだ。

 この流れは海翔と過ごすようになってわずか一年の間に数えきれないほどあった。性分なんだろうなと諦め屋上で腰を下ろした。

 することもないのでぼんやり星を数えたりしていたが、気が付けば三十分は経っていた。下まで行ったとしても、行けるのはせいぜい五フロア下までだ。そこから先は水没している。


「……見に行こう」


 海翔が戻って来たら怒るだろう。だがこれ以上じっとしていることもできず、司は屋上から一フロアずつ下っていった。

 部屋を隅々まで見て回るが、どこにも海翔の姿はない。それどころか他の住人の姿も無い。

 このビルは安定感もあり比較的大きい。大きな空中庭園もあったようで土や貯水に使える噴水跡もある。そのため住み着いた人も多く、司が認識しているだけで二十人は居た。それが一人もいないなんてことがあるだろうか。浸水しているならまだしも、そんな痕跡は全く無い。


「か、海翔! どこだよ! 海翔! 海」

「はいはい。居場所を教えてあげようか」

「うわっ!」


 叫んだ司に応えた男は海翔ではなかった。やけにテンションもトーンも高くて、この状況にはそぐわない明るさだ。

 司は思わず飛び上がり声の主と距離を取った。


「ああ、ごめんね。驚かせちゃったかな」

「な、何だ。よかった。他の人も無事で――」


 登場の仕方には驚いたが人がいたことに安心したが、司は男に駆け寄ろうとして足を止めた。

 男は妙な格好をしていた。こんな状態になってもここは日本だ。シャツやズボンといった洋服を着るのが普通だ。だが男は大きすぎて動きにくそうなコートを着ていて、裾からは天球儀が姿を覗かせている。

 その異様ないで立ちを見て司はびくりと震えた。シャンパンの髪にローズレッドの瞳は噂に聞いた覚えがあった。


「お、お前! 魔法貸し!」

「違うよ。貸し魔法屋だよ。高利貸しのように言わないでくれないかい」

「……実在したのか」

「じゃなきゃ国会議事堂ぽぽーんと出てこないよ。そんなことより、僕も海翔くんを探してるんだ」

「は? 魔法貸しが? 何でだよ」

「貸し魔法屋だってば。せっかくだし一緒に探そう。はい決まり。よし行こう」

「うわっ! ちょ、ひ、引っ張るなよ!」


 貸し魔法屋の男は司の了解は取らず腕を掴んで歩き出した。

 都市伝説が現実になったことに頭が追い付かず、司はされるがままに後を付いて行った。

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