第12話
もう寿のことは気にしない。それができるほど、総司が強いわけでも余裕があるわけでもなかった。
総司の見つめる先は月美ただ一人。
「逃げるなよ!コスプレバニー」
「ふんっ、その心意気やよし!」
ホウキと木槌がぶつかった。
ガンッゴンッ、ドッ、コンッガコンッ
何度も何度も何度も。木と木は持ち主の手によって振り回され、激突する。
木槌は大きく重く、素人な動きの総司にも十分いなせる速度だった。しかし、そこには決定的な違いがある。
月美は至近距離で振り回されるホウキを木槌の柄の方で弾きながら笑う。
「ふんっ、そのホウキ、当たったところで我を傷つけられるのかの?」
そう、ホウキというものの殺傷能力の低さだ。事実、それは不可能だろう。
今の総司の持つホウキは、紛れもなくなんの変哲もない普通のホウキだ。もし月美が躱しきれずに当たっても、大きな怪我にはならないだろう。
しかし、総司はあえて余裕の笑みを浮かべた。
「どうだろうな、もしかしたら俺の加護が『このホウキに触れた相手を殺す』能力かもしれないぞ」
これはハッタリである。
しかし、加護とは何があるか分からないもの。だからこそ、月美もいちいち避けたりいなしたりしているのだ。
総司もそれが分かっていたから、今も不器用に月美に挑んでいる。
その間も、総司は思考を止めない。さっき寿に言われたことを思い出す。
『このホウキの可能性……なんだ?ホウキにできることって? ゴミを集めるくらいじゃないのか? でも、そんな加護なんて……』
羽子板にとってのカウンターのように、ホウキの可能性を考えるが、その答えは出てこない。
そこで、目の前で木槌を振り回す少女に問いかける。
「お前の、加護、お月見、だろ!」
「……だったら、なんだと言うのかの」
そこで総司は、バックステップを踏んだ。
「見せてくれよ、お前の加護の力」
そんな挑発に、月美は間髪入れずノッてくる。
「よかろう、何度も見せたのだがな……耐えてみせよ」
月美はいつか見たように、腰を低くした。
脚が爆発しそうなほど、パンパンに膨れ上がる。
バンッという銃声のような音。
「兎飛び、一撃」
それは重い武器だから、とかそんな理(ことわり)が一切通用しない素早さだった。
一瞬で距離を詰められた総司は、それを理解する前に木槌で殴られた。
「……いっ」
ホウキで防ぐ前に左肩に衝撃が走る。左腕がプラリと垂れ下がった。肩が腫れ上がり、総司の体を痛みが襲う。
「てぇな!!」
総司は止まらなかった。右手に持ったホウキを地面に突き立て、その場に踏みとどまる。
「耐えた!?」
「次はこっちだ」
総司はホウキから手を離し、目の前に飛び込んできた月美の鳩尾(みぞおち)に手を抉り込ませた。
「ウッ……」
加護の力をすべて無視したただの人間による一撃。
その予想外の攻撃を月美は正面から受けることになった。
月美は二、三歩後ろにヨロヨロとよろける。
「ゴホッ、コホッ……お主、やってくれたな」
「お前、こそ……」
総司は外れた左腕をプラリと下げたまま、右手で地面に落ちたホウキを手に取る。
「なぁ、コスプレ女……今ので撤退とかしてくれないか?」
「コスプレ……女?」
月美が総司のセリフで引っかかったのは、撤退の方ではなく、始めの方だった。
「お主、勘違いをしているようだの」
「勘違い……?」
「うむ。本当にこちらの世界に来て浅いのか……」
総司は黙って続きを聞く。
「これはの、『加護強化』の装備と言われるもの」
「加護強化?」
「はぁ、まあ撤退をするつもりはないからの、冥土の土産に教えてやろう」
「加護持ちにはの、その加護の効果を強化する格好があるのだ。例えば私なら兎モチーフのこの格好……」
そう言って、月美は己の頭についたウサ耳をちょんちょんっと触った。
「だから、我も好きでこのような格好をしているのではない」
「加護に関連する格好……か」
そこまで聞いた総司はボロボロになった己の服の裾をビリッと破いた。
「なら、これで多少は俺も強くなれるのか?」
総司は布切れを口元に巻いた。
それは、マスクのように総司の顔を隠す。
「マスク……それに掃除道具。お主の加護は『大掃除』あたりかの?」
もはや鳩尾の痛みなど引いたようにケロッとした月美は、目を細めて総司のことを見る。
「当たりだよってか、本当に格好は大切なんだな……なんか、さっきよりこのホウキが体に馴染む気がしてるよ」
総司は右手に持ったホウキをぐるぐる回転させた後、月美に突きつけた。
「プラシーボ効果か?」
「知らぬわ、たわけが」
月美は、腰を低くして地面に体重を乗せた。
「兎飛び、一撃!!」
ガコンッ!!
今度は、一瞬の攻撃を総司が防いだ。
「二撃!」
二振り目も、総司は片手で持ったホウキで防ぐ。本来ならば、ホウキごと吹き飛ばされていたであろう攻撃も、難なくいなした。
「三撃、四撃!!」
木槌と同じ強さをホウキでぶつけることで、衝撃を相殺している。
そこで、これ以上の攻撃は無理と悟った月美は、距離を取った。
「主の加護、どうやら『掃除道具の召喚』と、『掃除道具使用時の身体能力の向上』のようだの」
「そうなのか、解説どうも」
月美は、総司の煽りなど気にも止めず、次の技を出すことに専念する。
「今度のは、耐えられるかの?」
そう言った月美は高く跳ね上がった。それはまるでウサギのように。
「兎飛び……」
その動きを目で追っていた総司の瞳に、本来まだあるはずのない『月』が映った。それは、月美の背後に美しく輝いている。
「餅つきラッシュ!!」
上空からの落下、その勢いと共に放たれた無数の縦の打撃。
月美は狂ったように、木槌を何度も何度も振り下ろす。その速度は凄まじく、常人にはその振り下ろしの瞬間すら判断できない。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ……
しかし、そこに確かにある衝撃。
地面が抉れ、そこにはまるで隕石が落ちたかのようなクレーターが、亀裂が生まれる。
月美の声も総司の声もしない。いや、本来二人は声を出しているのかもしれないが、地面に激突する木槌の音が大きすぎて、それ以外の音全てをかき消していた。
そして、約三十秒。目には見えない『餅つき』が続いた。
「ふぅ、ちとやりすぎたかの」
そう言って地面に着地した月美の前には、砂煙ならぬ雪煙が充満していた。地面にあった雪が舞い上がったのだ。
「さて、体もあったまってきたが、そろそろ終わりにするかの」
月美は体の向きをクルリと変えると、未だに虫の息でも生きていた寿に足を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます