第11話


 真っ白な雪の世界に、真紅の液体が広がる。


 ここは、冬国の郊外。冬国二番隊隊長『寿』の家。


 そこは、突如空から現れた秋国の刺客、『月美』と名乗る少女によって平穏を脅かされた空間だった。


「さて、この雑魚はよい……気になるのは、あっちで伸びてる寿とかいう女子よの」


 雑魚……そう罵られるのは、月美の足元で血溜まりを作っている総司だった。


 木槌で殴られた総司はピクリとも動かず、雪の布団の上に寝そべっている。


 月美は足を寿の方に向けると、ジャクジャクと真っ新な雪を踏みながら進んでいく。


 そして、目の前に立った。


 ポッキリと折れた木の幹を背に、寿は下を向いて脱力していた。


「おい、寿と言ったな」


「……」


 寿は返事をしない。意図的にしないのか、それともしたくても瀕死状態で出来ないのか、それはわからない。


「お主にいくつか聞くことがある」


 月美は気にせず質問を続ける。


「お主はなぜ『占い』のことを知っておった?」


「……」


「占いの加護のことは秋国でも秘匿にされている事項……それを、なぜなのだ」


 月美は、俯く寿の顎に手を当て、クイッと上にあげた。


「答えよ」


 月美の目と、虚な目をした寿の目が合う。


「……やだよ、バーカ」


 寿のそれを聞いた途端、月美は拳を上に振り上げた。


 ドスッ


 その拳は容赦なく寿の右頬を抉った。


「答えよ」


「……やだって言って……」


 ドスッ


 今度は左頬。


 ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ……


 いくら殴り続けても、寿から答えは返ってこない。それにイライラしたのか、月美はより一層激しく拳をぶつけた。


 それからどれだけ時間が経ったか、寿の頬が擦り切れ、彼女が何度か意識を手放した頃。


「いい加減、答えよ……さすれば、楽に殺してやる」


「やだ……ね」


 いくら言っても理由を吐かない寿に愛想を尽かし、月美はいよいよ木槌を取り出した。


「もうよい、死ね」


 そして、月美は羽虫を潰すかのように、それが何も不思議ではないように、木槌をおろした。


 寿は、静かに目を閉じた。


 最期に口を開く。


「それも、やだね」


 呼応する声が一つ。それは、怒号とも取れる叫び声だった。


「オラァァァアアア!!!!!」


「……!?」


 突然の奇声に、月美の動きが止まる。


 そして、その奇声は動いていた。


 一直線に月美に迫る。


「リリース、【ホウキ】!!」


「なぜだ、お主!?」


 声の正体、それは紛れもなく総司だった。体中に血を貼り付けて走る。


 月美が振り返るより早く、総司は距離を詰めると、ホウキを思い切り振り払った。


「……ちっ」


 月美は舌打ちをして横にステップを踏んだ。そのまま総司と距離を取る。


「はぁ……はぁ……」


 総司は息を整えながら、チラリと寿の方を見た。体はもちろん月美の方を向いている。


「寿さん、無事だったんだな」


「まぁ……ね」


 総司も寿も、見た人が吐き気を催すほどに瀕死の状態だった。特に寿に至っては、血がついてないところを探す方が難しいくらいだ。


 それを見た総司は改めて月美の方を見据えた。


「俺があいつを倒す。寿さんはここで見ててくれ」


「勝てるの?」


「無理だろな」


「……」


 総司の矛盾だらけの発言に、寿はやれやれとため息をついた。


「じゃあアドバイス。総司君、加護の可能性を信じてね」


「……?」


「羽子板が全てを弾くように、門松が地面から竹槍のように飛び出すように、総司君の掃除道具にだって、絶対何かある」


「それを信じろと?」


 寿からの返事はない。


「まあ、それを信じなきゃ、この現状の打破は無理だからな」


「頑張れ、総司君」


 その言葉をアクセルに、総司は月美のもとへと走りだした。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る