第9話

 また時が流れ、いよいよ招集状が十通目に到達しそうになったある日の午後、二人は屋敷の一室で、暖炉を前に温まっていた。


「ねぇ、総司君……」


「どうした?ココアか?」


「違うよ!もう、総司君は私を甘やかしすぎだよ!」


「まあ、寿さんはこの世界の唯一の味方だからな」


 言ってみてから小っ恥ずかしいことを言ったと、総司は後悔する。


「もう……気を取り直して、総司君!」


 総司は返事をしない。なんとなく、彼女が言おうとしていることが分かっていたからだ。


「私、ね、そろそろ行こうと思うの!」


「……戦線に、か?」


「そう!今ね、秋国との戦線が本当にピンチらしんだ!みんな私を必要としてる!」


 そこで、一息ためてから総司は寿の目を見た。


「俺だって……いや、俺の方が寿さんを必要としてるぞ」


「もう総司君、いつからそんなデレるようになったんだい」


「俺はツンデレなんだよ。デレるときはとことんデレないとな」


 パチパチッという炎の弾ける音が、部屋に響く。薄暗い世界で、二人の顔が照らされる。


「なぁ、もう良くないか? 戦いなんてしなくても。俺たちで仲良くやっていこうぜ」


「……だめだよ総司君」


「だめなことないだろ!国がなんだ、勝手に俺たちを召喚して都合よく使おうとしやがって、おかしいと思わないか!?」


「総司君、でも行かなきゃ死んじゃうんだよ?私たち加護持ちは、冬がなくなれば死ぬ」


「なら、それまで一緒にいればいいだろ!一ヶ月か、半年か、なんなら残り三日で負けるかもしれん……なら、その三日を一緒に生きればいいだろ」


 総司の言葉に、寿は返事をしない。


 彼女は、黙ってソファから立ち上がった。


 総司の顔が自然と上を向く。


「寿さん、実はな、俺、寿さんのこと……」


 ドォォォオオオオオオンッッ!!!!!


 総司の一世一代セリフは、爆音によってかき消された。


「!?」


「外だ!!」


 総司と寿は、息を合わせたように走り出すと、そのままフロントから外に出た。


 中庭は一見何も変わっていないように見える。


「……!?後ろだ!気をつけて、総司君!!」


 外に出た寿が、クルリと方向転換をしながらそう叫んだ。


 総司もつられるように視線を背後に向ける。


「煙が!」


 総司は、屋敷から立ち上る煙を捉えた。それは、屋敷の左端からゆらゆらと上がっている。


 よく見れば、屋根から二階にかけて、建物が崩れていたようだった。


「なんで」


 どう見ても、その建物は何者かに破壊されていた。まるで、クレーンなどの重機で思いっきり削られたようだった。


 それを見た瞬間、総司の前に寿が立った。


「下がって!!」


「お、おう!」


 総司は素直に寿から離れて後ろへ避難する。


 煙が消え去り、屋敷の上には、一人の人間が立っていた。


「誰かいるぞ」


「ははっ、どうして君が!」


 寿は驚いたように上を見上げる。


 二人の目に映るのは、真っ白な「ウサミミ」を携えた少女だった。長い縦長の耳に、浴衣のような艶やかな服装。そして、肩に担いだ大きな木槌が強烈な存在感を放っている。


 彼女は、壊れた屋根の上に立ち、総司たちを見下ろしていた。


 ウサミミ少女は口を開く。


「やあやあ諸君!拙者の名前は月美(つきみ)!!そこにいる冬の国の強者よ!今すぐ天に召されるのだ」


「……な、なんだあいつ」


 総司が岩陰に身を潜めながら、顔だけ覗かせて状況の把握に努める。屋根の上に仁王立ちする「月美」という少女と、地面から上を見上げる寿。


「久しぶりだね、月美ちゃん」


 寿は彼女のことを知ってるらしく、ボソリとそう呟くが、月美は首を傾げた。


「……久しぶり?ふむ、拙者お主のことを知っておるのか?だったらすまぬな!覚えとらん!!」


 月美はそうキッパリと言ってのけた。


「いや、いいんだよ!私が一方的に知ってるってだけだからさ!」


 そう言った瞬間、寿は能力を解放した。


「リリース、門松!!」


 瞬間、月美の足元から五メートルを超える鋭い「竹槍」が伸びてきた。


 月美はヒョイっと屋根から飛び降りることで、その攻撃をかわす。


「ぬぬ、強者とは思っておったが、まさか加護持ち……日本人か!?」


「君もでしょ?」


 寿はそう言いながら、月美の落下地点に巨大な竹槍を出現させた。


「餅つき、一撃!!」


 月美は、背中に背負う木槌を両手に持ち、それを地面に向けて思い切り叩きつけた。


 ガコンッ!


 竹槍が、木槌と衝突し、粉々に砕け散る。雪の上に竹だったものが散乱する。かたや、月美の武器、木槌はノーダメージのようだった。


 月美は、地面に落ちた竹のかけらを拾い、じっと見ながら呟いた。


「この竹、門松の竹か?」


「やっぱり、あのウサミミ女も日本人か」


 門松というコチラの世界にはないはずの言葉を聞いて、総司はそう確信する。しかし、そう確信したのは総司だけではなかったようだ。


 月美は、寿を見据え、改めて木槌を握りしめた。


「となれは、お主、『正月』あたりの加護持ちか」


 それに寿は、全てを弾き返す武器、『羽子板』を召喚しつつ、ニヤリと笑った。


「そうだよ!私は冬国二番隊隊長、寿、覚えといてね!『秋国』の月美ちゃん」


「秋国!?」


 総司は、寿の台詞に反応した。秋国といえば、絶賛冬国が戦争中の相手だ。


「ふむ、そこまで知られておるのか」


 自分の情報が知られているというのに、月美は焦った様子もなくそう呟いた。


「まぁね、でも秋国の日本人が単独で敵国に攻めてくるなんてね」


「攻める……?我は冬国から一歩しか動いてないぞ」


 無駄口はそこまでと、月美は寿に飛びかかった。


 ガンッという鈍い音をたて、木槌が寿に衝突する。


 しかし、その瞬間、弾かれたのは月美の方だった。


「ふむ、カウンターか」


「それだけじゃないけどね!」


 寿は手に持った羽子板を月美に向けると、弾かれた月美との距離を一気に詰めた。


「なっ!?」


 羽子板が振り下ろされる。


 それは、月美の体にポンッと当たった。


 しかし、それはポンッなんて音にならない衝撃を月美に与えた。


 ドゴォォンッッ


 月美の体は容易く吹き飛び、屋敷に激突した。


 砂煙が立ち込める。


「すげぇ、これが寿の力」


 岩陰に隠れたまま、総司は感嘆した。


「ふふっ、すごいでしょ!」


 寿は総司の方にクルリと目を向けると、そう言って笑った。


「私の羽子板はただのカウンターじゃないんだよ、触れたものを『弾く』力があるんだ!」


 触れただけで弾き飛ばす羽子板。斬撃、打撃、本来の武器の攻撃手段を全く無視した圧倒的火力を携えた武器。


 戦闘の終了を感じた総司が、岩陰から出る。


 が、しかし、戦いは終わっていなかった。

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